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2-18 因幡の国 [アスカケ外伝 第3部]

トキヒコノミコトがトキオだと判り、一刻も早く伯耆の国へ向かい、窮状を救いたい、逸る気持ちが湧きあがっていた。
「因幡の国のどちらに向かわれたのでしょう?」
タケルが訊くと、ニシトは、首を横に振る。
「判りません。ただ、因幡の国は、砂山と沼地ばかりの厳しい所です。おそらく、福部の郷ではないかと・・。」
この頃、因幡の国は、砂丘は現在ほど大きくなく、川が流れる地域では砂に堰き止められた形で、広い湖沼があちこちに存在していた。もっとも大きな湖沼は、湖山池だが、大小さまざまな湖沼があった。
福部の郷とは、但馬国との国境にある塩見川のほとりの郷であった。
タケルはすぐにヒョウゴを呼び、出発の準備を始めた。
「ああ、そのままで良いですよ。体調はどうですか?」
早朝、横になっていたミヤ姫は、床に入ったまま目を開けた。
タケルは、ニシトから聞いた話をミヤ姫に伝えた。
「では、急がねばなりませんね。」
ミヤ姫はそう言うと身を起こした。まだ、万全な状態とは思えなかった。何故か全身が怠く、気分も晴れない。長くタケルとともに過ごしてきたが、これほど不調なのは初めてだった。
「ここに残りますか?」
タケルが気遣って訊いた。
「いえ・・ともに参ります。大丈夫です。すぐに支度をいたします。」
暫くして、ヒョウゴから支度が整ったと報告が入り、海部の港を出航することになった。
「何としても、伯耆の国を、トキヒコノミコト様を、お守りください。われらも追って参ります。」
ニシトはそう言って、タケルたち一行を見送った。
船は、港を出て西へ向かう。舳先に立って行先を見定めるヒョウゴの表情が優れない。時折、空を見上げている。
「どれほどで福部に着けますか?」
タケルが訊く。暫くヒョウゴは考えてから答えた。
「夕刻には着けるでしょう。ただ、雲行きが怪しくなっています。嵐になれねば良いのですが・・。」
ヒョウゴはそう言うと、再び空を見上げた。今のところは空は晴れていて、そういう風には思えなかった。
「東風が弱くなり、少し西風になっています。それに、少し湿ってきました。急ぎましょう。」
ヒョウゴはそう言うと、漕ぎ手に声を掛ける。
左手に見える海岸線は切り立った崖になっていて、あちこちに岩場が顔を見せている。幾つかの岬を回りこんでさらに船を進める。
昼過ぎには徐々に波が高くなる。その後、黒雲が広がり始め、終には雨が降って来た。船が大きく揺れる。タケルはミヤ姫の体を支える。
「もうしばらく御辛抱ください。その岩場を越えたら、福部に入れます。」
ヒョウゴも必死である。左手に小高い山が見えてきた。そこから切り込んだ形で港への水路があった。
水路に入り、さらに進むと、波も風も収まり、安堵感が広がった。
福部の郷、細川の港へ着いた。ヒョウゴは、いち早く船を降り、近くにいた里人に何かを尋ねている。その里人は前方を指さして何かを告げた。ヒョウゴは礼を言って、船に戻ってきた。
「郷長は、この湖の奥に居られるようです。もう日暮れになりますので、今夜はここで休みましょう。明日にでも挨拶に行けばよいでしょう。」
ヒョウゴはそう言うと、船に乗っている男達にも声を掛け、皆を連れてその館へ入った。
北海を行き来する船のために、それぞれの港には、船乗りたちが使える館が幾つも作られている。多くの船が停泊する港ほど、その館の数も多く、その館のために、郷の者も働いていた。
ここ細川の港はさほど船が行き来しないのか、館は一つだった。
タケル達が館に入ると、郷の者が夕餉に支度を始めた。
ミヤ姫はやはり体調が優れない様子で、夕餉を口にせず、薬湯だけを飲んで、床につき眠った。
夕餉の後、広間にある囲炉裏の傍に、タケルとヒョウゴ、ほかにも数人が残り、この先の事を相談した。
「タケル様、おそらく、明日も天候が優れないでしょう。ここは無理をせずに、天候が良くなるのを待つのが、懸命だと思います。」
ヒョウゴがタケルに言う。
「しかし、伯耆の国の動きが心配です。一刻も早く行かねば・・。」
タケルは、ミヤ姫の事を心配しつつ、一方で、トキオの事も気掛かりだった。角鹿を出る時、大蛇一族が伯耆へ戦を仕掛けるのは間近と聞いている。すでに、戦が始まっているに違いない。
「陸路ではいかがか?」
そう口を開いたのは、越の国からヤマカ追討軍の長としてここまで同行しているクジだった。
「陸路となると、早くても三日ほどは掛かります。ここで二日待ち、出発しても同じ。やはり、船の方が良いのでは?」
と、ヒョウゴが答える。
「馬は手に入りませんか?馬があれば、一日で着けるのでは?」
と、タケルが訊く。
「それほど多くの馬を手配するのは至難の業。街道もどうなっているのか判りません。明日、郷長様に伺ってみてはどうでしょう。」
ヒョウゴの答えに、この先の事は明日に持ち越しとなった。

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