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2-17 瀬戸の切り戸 [アスカケ外伝 第3部]

「開削は進みましたが、もっと難題が見つかったのです。」
「開削では解決しなかったということですか?」と、タケル。
「ここを掘り進めて判ったのですが、津居山から対岸に向かって、龍の背のごとき岩盤が伸びていたのです。それが川の流れを堰き止め水害を起こしていたのです。それは、開削した水路の先にも、まるで海に通じる場所に蓋をしたように連なっておりました。渇水の時、そこは轟轟と音を立てる大瀑布になったのです。」
「民の言う、竜神の怒りとは、その滝の音というわけですか。」
自然とは、なんと不思議な事を起こすのであろう。大河の河口に大瀑布とは聞いた事もなかった。
「ご覧になりますか?」
ニシトがタケルに訊く。
「ええ・・ぜひとも・・どのようなところか興味があります。」
タケルが答えると、ニシトは笑顔を浮かべて、
「では、明朝、ご案内いたします。」
そう言って、立ち去った。タケルはミヤ姫の体調を気遣いつつ、休んだ。
翌朝、薄暗い中、タケルはニシトに案内され、開削した場所を訪れる。
津居山の麓に、船が通り抜けるほどの水路が掘られていて、勢いよく水が流れている。その先に進むと、両脇に大岩が柱のように立ち、その間を水が滝のごとく海へ流れ落ちていた。
「見事なものです。岩を砕く開削とは素晴らしい技です。」
タケルが感心した言ったが、
「まだまだ、これは我らの力で何とか出来たもの。昨夜、お話した龍の背の岩などこんなものではありません。」
ニシトはそう言うと、再び館の方へ引き返す。開削した水路のちょうど入口辺りに立って、ニシトが指差す。
「この先、対岸辺りまで真っすぐに岩の壁があったのです。その名残が、ここなのです。」
タケルとニシトが立っている場所こそが、龍の背岩の付け根であった。足元の岩を触ってみる。粘土質の脆い部分を削ると中から黒い岩が顔を見せた。
「龍の背を取り壊さなければ、水路の効果も半減してしまいます。だが、我らの技では、この固い岩を砕くことなどできず、途方に暮れてしまっていました。」
「固い岩を砕く技・・確か、難波津の開削の時、忍海部一族が作った特別な道具で岩を砕いたと聞きました。それと、明石の男衆が水中に潜り、岩を動かし見事にやってのけたと聞いたことがあります。」
タケルの言葉を聞き、ニシトが笑顔を見せて答えた。
「まさに、それと同じことを、山城のムロヤ様からの遣いというお方が来られて、お話し下さったのです。」
ニシトの言葉にタケルは驚いた。
「トキヒコノミコト様は、しばらく我らとともに居られ、作業をしながら、厄介な岩場を丹念に調べられました。時には、海中深くに潜られ、海の中の様子も調べておられました。」
トキオは昔から慎重な男だった。何かを為す時、下調べをしっかりし、如何にすれば確実に達することができるかを考える、そして、そのためにはどれほどの苦労も厭わない、そういう性格だった。
「それから、岩を砕くための道具を、絵図に記され、我らは、見様見真似で作りました。そして、その道具を使って、岩に打ち込み、ヒビを入れるのです。その場所も判り易く示され、我らはそれに従いました。」
「しかし、対岸までとなると・・。」
タケルは、登り始めた朝日に照らされ、はっきりとしてきた対岸を眺めながら途方もない作業を思い溜息をついた。
「ヒビが入った岩は、川の流れで次々と壊れ、海へ落ちていくのです。我らも初めは驚きました。ですが、全て、トキヒコノミコト様は判っておられたようです。おかげで、随分と仕事が捗りました。」
トキオはどこで、それほどの知識を得たのだろうか。共に居た時にはそういう姿を見たことがなかった。自分の知らぬところでトキオは常に学んでいたのだとタケルは感心した。
「どれほど固い岩の塊も、一つ脆い所が出来れば、次々に壊れていくものなのです。我らはそれをこの開削で学びました。今や、水害を恐れることなく田畑を作り、港も広げることができました。」
ニシトは満足そうな表情を浮かべ、対岸を見る。確かに、対岸の山裾辺りまで、田畑が広がっていて、多くの家屋が建ち並んでいる。朝を迎え、徐々に人の姿も見えるようになってきた。
タケルは只々感心していたが、ふいに思い出し、ニシトに訊ねる。
「その方の名は何と申された?」と、タケルが訊く。
「トキヒコノミコト様でございます。」と、ニシトが答えた。
「では、大蛇一族を蹴散らし、伯耆の国を纏めたと聞く、あの、トキヒコノミコト様は、山城のムロヤ様の遣いだと・・。」
「はい。間違いありません。我らも、なんとか加勢して大蛇一族を退治できぬかと考えておりましたが・・あいにく、兵と呼べる者は少なく、ただ、ただ、御無事を祈るほかありませんでした。」
ようやく、求めていた事実に突き当たった。ともに都を旅立ち、難波津で別れた、トキオが、トキヒコと名を改め、今、伯耆の国にいる。そして、民のために戦っている。
「トキヒコノミコト様は、何故、伯耆へ向かわれたか、判りますか?」
タケルが念のために訊いた。
「詳しくは判りません。ただ、こちらに居られた時、隣国、因幡の国から来た者が、是非ともトキヒコノミコト様の力を借りたいと言われ、ここの開削が終わらぬうちに、因幡へ向かわれました。おそらく、因幡の国へ行けば、詳細が判ると思います。」

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