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2-16 但馬の国 [アスカケ外伝 第3部]

タケルは、館に入り、ミヤ姫の様子を気にした。長くともに旅をしてきたのだが、これほど疲れた様子を見るのは初めてだった。小部屋を用意してもらって、ミヤ姫をすぐに横にした。
「この薬を・・。」
タケルは懐から、薬草の袋を取り出し、侍女に渡す。角鹿を出る時、船旅の疲れに効くと言って、イザヤがくれたものだった。暫くミヤ姫の傍に居たが、静かに眠ったのを確認すると、タケルは小部屋を出た。
タケルは、広間に繋がる廊下から見える川を見て少し違和感を感じていた。対岸にも小さな館が見える。川というには幅広く、左右に視線を送ると、なにか随分と真っすぐに見える。それに、川岸が随分と高くなっているようにも感じていた。
「ミヤ姫様は如何ですか?」
そう言って、ニシトが現れた。
「ええ、休みました。ありがとうございます。」
そう言いながら、川をじっと見つめるタケルを見て、ニシトが言った。
「不思議な川ですか?」
「ええ、はっきりとは判りませんが、どこか、これまで見てきた川とは違うように感じます。何か、岸辺が随分と高く感じます。」
「ほう。さすがに諸国を回って来られたタケル様は見抜かれましたな。昔は、もっと水嵩が高く、岸ぎりぎりまでありました。対岸辺りは沼地になっていたほどです。この館も、すぐ足元まで水が来ておりました。ですが、今では、人の背丈の倍以上に下がっております。」
「どうして、そこまで水が引いたのでしょう。海の満ち引きでそれほどの違いはできないでしょう?」
タケルが訊く。ニシトは、話を続けた。
「この地はかつて、幾度も水害に遭ってきました。郷の者は、皆、竜神の怒りだと恐れておりました。この地の郡代も、先年、水害で命を落としてしまい、ますます郷の者は川を恐れるようになってしまいました。」
「竜神ですか・・。」
「私は、隣の久美の浜を治めていたのですが、幾度も水害に遭うこの地を何とかできぬものかと考えておりました。」
「隣国の郷の事を気にかけていたと・・。」
「はい。ここは、久美の浜に比べ、地の利が良い。川を上れば、山城へも播磨へも通じる道が開いております。久美の浜や、兄のいる宮津に比べれば、産物を運ぶには都合が良い。先の国主も、その事を知っていて、越や若狭、丹後の荷をここへ集め、陸路で運ぶ仕事を請負って、この郷に富をもたらそうと考えておられました。」
「だが、度重なる水害のため、叶わなかったのですね。」
「ええ、そこで、私は兄に頼み、但馬の国主様に願い出て、この地を治める役をいただきました。但馬の国主様も、度重なる水害に悩まれておられた様子で、すぐにお許しをいただくことができました。」
「しかし・・水を治めるのは容易なことではないでしょう。」
とタケルが訊いた。
「ええ、最初は私もどうしたものか思い悩みました。そんな時、山城のムロヤ様がお見えになったのです。何か知恵をいただけぬものかと相談しました。すると、ムロヤ様は、難波津へ行くと良いとお教えくださいました。」
「難波津へ行かれたのですか?」とタケルが驚く。
「はい。タケル様が難波津へ行かれる前だったと思います。そこで、私は、草香の江の治水の話を、摂津比古様からお聞きしました。かの地もかつては水害に悩まされていたと・・まだ、大和争乱の前の事だと聞きました。」
タケルは、父から聞いたアスカケの話を思い出していた。祖父にあたる、葛城王が父カケルを傍に置き、難波津を治めていた頃、大規模な開削を行い、見事に草香の江を田畑にしたのだという話だった。
「それを見て、この地の治水の手立てを?」とタケルが訊く。
「ご覧ください。港の先、外海を阻むように島があります。津居山と呼んでおります。そして、その右手には大きな砂州が広がっております。これが、川の流れを阻んでいるのです。雪解け時や梅雨時になると、増水し周囲の郷を飲み込んでしまうのです。」
ニシトに言われるまま、視線を動かす。
「いかがです?難波津に似ているでしょう。」
タケルは、ニシトの言葉に納得する。
「私も、難波津の開削のように、川の水を別の場所に逃がせないかと考えたのです。郷の者に訊ね回り、ちょうど、津居山の麓から外海へ流れる小さな川を見つけました。そこを掘り広げれば、上手くいくのではと・・。」
「しかし・・開削となると重労働。多くの人手が必要になるはず。難波津には多くの者は暮らしておりますが、ここにそれ程の人がいるようには思えませんが・・。」と、タケルが訊く。
「ええ、もちろん、ここの民だけでそれを担うのは無理。私は、そのために、川を上り、丹波の国や山城の国辺りまで行き、力を貸してくれるよう頼みに回りました。もちろん、丹後の国には、兄から多くの人手をよこしてもらえました。」
ニシトはさらりと話したが、恐らく、それまでに予想できぬほどの苦労があったに違いない。ニシトの話を聞きながら、父カケルが手掛けた難波津の開削もさぞ苦労した事だろうと思いを馳せながら、ニシトという人物は、父カケルに負けずとも劣らぬ素晴らしき人物だと感銘を受けていた。

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