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2-15 丹後の国 [アスカケ外伝 第3部]

「では、出雲国は、韓の一族の国となっていると・・・。」
タケルは驚き訊き返す。
「はい。韓の一族は、皆、腕に蛇の紋様の入れ墨をしておりますので、大蛇一族とも呼ばれています。」
「海を越えてきた大蛇一族・・・。」
タケルは難波津に居た頃の事を思い出していた。
韓では諸国が戦を繰り返し、海を越え倭国へ逃げて来る者が絶えず、難波津にも多くの韓人がいた。難波津も韓の軍に襲われたことがあった。同じことが、伯耆や出雲の国でも起きていた。いや、他の地でも起きているのかもしれない。
「実は、わが一族も、遥か昔に、遠く海を越えてきたのです。まだ、この地に住む人も少なく、荒地を開き郷を作った・・・。倭人とともに生きる道を求めてきた結果、今では、丹後国を治める役を担うこととなった次第。・・大蛇一族も、武力で支配する事を止め、ともに生きる道を求めるべきなのです。・・残念でなりません。」
クラキは、無念の表情で言う。タケルは、父カケルのアスカケの話を思い出していた。確か、父カケルの一族も、大陸から逃れ、九重の山深くに隠れ住んでいたと聞いた覚えがある。ヤマト国や九重の国々には、そうした大陸から来た者が少なくないはず。そして、皆、それぞれの地で共に生きるために、努力してきた結果、異邦人ではなく、倭人となったはず。父カケルが、戦の無い国を強く求めるのは、きっとそうした思いが強いのだと改めて感じていた。
「出雲が動き始めると言われましたが・・・。」と、タケルが問う。
「確かなことではありませんが、ヤマカが越の軍を率いて伯耆へ向かうという話は、我らも聞いておりました。それは、出雲の軍と共に、伯耆へ攻め入る為。東と西から伯耆を挟み討ちにするという事だったはずです。しかし、ヤマカが討たれ、軍を率いて来ることがないと判れば、出雲の軍はすぐにも動きだすのではないかと。」
「急ぐ理由があるのでしょうか?」
「出雲では、国主の跡継ぎがお生まれになった年から、八百万の神々を祀る神殿の建て替えを始めます。国主の命で、此度の神殿は、天に聳えるほど高い大神殿にすると定められました。」
「天に聳えるほど?」と、ミヤ姫が口にした。
「はい。見た事もないほどの高さの神殿となるはずです。すでに半分近くまで進んできたのですが、今は、止まっています。神殿建設は、出雲国を崇める諸国の協力なしには進みません。特に、伯耆の国はこれまでにも多くの人を出してきました。ですが、今は、素直に従わなくなった。おそらく、ヤマカが居ない今、越の国や若狭も、同様となるはずです。だからこそ、力ずくで伯耆の国を従わせねばならない。それも、周囲の国々が恐れる慄くほどのやり方を選ぶのではないかと・・。」
「何のための神殿づくりなのでしょう・・・。」
ミヤ姫が悲しげに言う。
「神殿は、神の居場所。神は民を守るもの。北海で共に生きる我らにとって、出雲の神殿は心の拠り所でもあります。壮大で荘厳、美しき事は、誇らしい事です。そのために力を尽くす事はここで暮らす我らの使命と信じております。・・ですが、今は、そうではない。邪な大蛇一族が入り込み、蝕んでいる出雲国に素直に従う者など居りません。なんとしても、大蛇一族を出雲から追放し、正しき出雲国を取り戻さねばなりません。」
クラキはようやく秘めていた思いを口にした。
集まった郷の長たちも、ようやく国主クラキの本音を聞くことができ、納得した様子だった。
「急がねばなりません‥こうしている間にも、伯耆の国には出雲、大蛇一族の軍が迫っているに違いありません。」
ここまで案内してきたヒョウゴが口を開く。
「是非、お急ぎください。我らも必ず加勢に参ります。この北海の地から、悪しき者を追い払わねばなりません。」
国主クラキも同調した。
タケルは、翌朝、まだ日が上らぬうちに、すぐに軍船を出発させた。その日のうちに、丹後半島をぐるりと回り、しばし、久美の浜へ立ち寄る。
「ここで休んでも良いのですが、後の日取りを考えると、もう少し先まで進んだほうが良いでしょう。・・海部(あまべ)の郷まで行けば、あと少しです。それに、そこでぜひタケル様に会っていただきたい方が居られます。」
久美の浜を出る時すでに日は傾いていたが、さらに西へ向かった。潮にも乗り、順調に進んだが、その分、船も揺れた。夕暮れには国境に着く。
「この先は、但馬の国です。実は、但馬国は、国主不在となり、丹後の国主クラキ様の弟、ニシト様が海部の郷を治めておられます。その先に見える後ケ島の奥に港があります。」
ヒョウゴはそう言って、船を港へ向けた。港入り口には小高い山があり、二か所に港入り口が開いている。船を中ほどへ進めると、両脇にあった山が急に開いて、郷が見えてきた。桟橋に着き、港傍にある大きな館へ入る。
「よう、お越しくださいました。」
そう言って出向かえたのは、国主代理のニシトであった。色黒で筋骨隆々、取り巻く男たちもいずれも劣らぬ体つきだった。
ヒョウゴが事情を話そうとすると、ニシトが笑顔で言った。
「先程、兄からの使者が参って、あらかたの事は聞いております。それに、山城のムロヤ様からも使者が来られました。伯耆の国の事は放ってはおけぬ事。先を急がれると良いでしょうが、潮の具合から見て、これより先に進むには、明日早朝の出立が良いかと思います。しばらくお休みくだされ。」
ニシトの案内で、館に入ると、一行は、しばらく、休むことにした。ミヤ姫は、船での移動に少し疲れた様子も見られ、タケル一行は、無理をせず休むことにした。

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