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2-21 出発の日 [アスカケ外伝 第3部]

二日ほどすると、天候が回復し、いよいよ出発できることになった。
小部屋に二人は居た。
「大蛇一族を退治したら、すぐに迎えに来ます。それまでしっかり養生してください。」
タケルがミヤ姫に言うと、ミヤ姫は小さく頷いた。
大高で囚われていた身を救い出された時から、ほとんど離れることなく傍に居た。幾度も危うい目に遭いながら、互いに助け合い、乗り越えてきた。それを思い出すと、ここで離れてしまう事に、途轍もない寂しさと恐ろしさを感じていた。タケルもミヤ姫も同じ思いだった。
「御無事で・・。」
ミヤ姫はそう言うのが精いっぱいだった。
「タケル様、支度が整いました。出発いたしましょう。」
ヒョウゴがタケルを呼びに来た。
いよいよ支度が整い、船が岸から離れる時が来た。
「タケル様、大切なお話があります。」
そう言って、船に乗り込もうとするタケルを引き留めたのは、侍女のサガだった。
サガはタケルを船の陰に誘い、皆に気付かれぬよう、小声で耳打ちする。
「ミヤ姫様の体の不調は、御病気ではありませんでした。」
サガは含みを持たせたような口調で言う。
「病気ではない?ならばなぜ、あのように気怠い様子なのですか?食事も満足にできず、床から離れられずにいるのです。心の病という事ですか?」
タケルは、出発の間際の、サガの物言いに少し苛立って訊き返した。
「ミヤ姫様のお腹にはヤヤコがおられます。」
タケルには、サガの言葉が一瞬判らなかった。
「なんだって?」
と、タケルは訊き返した。
「ミヤ姫さまは、ご懐妊です。御子様を身籠っておられます。」
サガの言葉に、タケルはどう反応してよいか判らなかった。
「タケル様は、御父上になられるのです。どうかご無事でお帰り下さい。ミヤ姫様のことは私どもが命に代えてお守りいたしますから。」
サガは満面の笑みを浮かべている。タケルはまだ呆然としている。
ミヤ姫を娶り、いつの日かそういう日が訪れるとぼんやり思っていたが、現実になると、なかなか実感が湧かなかった。
「さあ、ご出発ください。」
サガの言葉に我に返った。
桟橋近くで見送るミヤ姫を支えるように、トモ、カズの姿も見える。皆、笑顔を浮かべている。そして、ミヤ姫は涙を流しているように見えた。
「必ず無事に戻ってくる。」
タケルは、自分に言い聞かせるように言って、船に乗り込んでいった。
天候が回復し、海の上は暑いくらいの陽気になっている。波も穏やかで船は順調に進んだ。
港を出て暫くすると、後方から来る二隻の軍船を見つけた。
一隻は、宮津から加勢に来た丹波の軍船だった。そして、もう一隻は角鹿からの軍船だった。悪天候で足止めされているうちに、追いついてきたのだった。
「夕刻には、中海へ入り、飯山砦の下へ着けるはずです。」
ヒョウゴが舳先に立ち、前方の様子を探りながら、話した。
いよいよ、トキオと対面できる。
難波津で別れてからもう五年近くの歳月が流れていた。どれほどの苦労をしてきたのか、計り知れない。たった一人、名を変えてまで諸国のために尽くし、出雲からは逆賊の汚名を着せられ、それでもなお、民のために闘おうとしている。
幼い頃、春日の杜を駆け回っていたトキオの姿が脳裏に浮かび、タケルは、思わず涙を零しそうになっていた。

その頃、ミヤ姫懐妊の話はまたたく間に郷に広がり、出産と子育てのために新たな住まいを作る話がまとまった。
一番喜んでいるのは、郷長イヨナガである。
ヤマト国皇子の御子御生誕の地となれば、これほどの名誉はない。きっと諸国から多くの貢ぎ物も届くに違いない。因幡の国はきっと豊かになる。財を総て費やしてでも良いと豪語し周囲に触れ回ったのだった。結果、すぐに但馬、丹波、角賀、淡海、そして山城のムロヤにも伝わる事になった。
ムロヤは急いで難波津に使者を立て、難波津に出入りする船を通じて、広く西国にも伝わった。同時に、伯耆の国で戦が始まる事も伝わり、諸国は皇子タケルへの援軍の準備が始まった。
都にはムロヤ自身が赴き、因幡からの話を皇アスカと摂政カケルに伝えた。
「良き知らせをしてくれました。」
皇アスカは涙を流し喜んだ。
摂政カケルは、喜びと同時に、今、出雲と伯耆の国で起きている事態に心を痛めていた。
「このままでは諸国が巻き込まれて、大戦になってしまう。出雲国を助けねばならない。アスカ、私も伯耆の国へ参らねば・・・。」
カケルは、落ち着かない様子で、部屋の外に出て、遠く西の方を見ている。父としての思いか、ヤマト国の摂政としての考えなのか、入り交じった心を持て余しているようだった。
アスカはそんなカケルのそばに行き、背にそっと手を当てて囁く。
「タケルを信じましょう。きっと大丈夫です。あの子はあなたを見て育ったのですよ。大戦にならないように力を尽くすはずです。伯耆の国へいくなら、御子が生まれてからに致しましょう。」
夜空を見上げ皇アスカはそっと摂政カケルの手を取り、優しく微んだ。

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