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第3章荒波を越えて 3-1 中海 [アスカケ外伝 第3部]

タケルたちの軍船は、中海の入り口に達した。
この時代、宍道湖の中海は、ちいさな砂州があるくらいで、外海と繋がる水路は北と南の二か所あった。飯山は中海に突き出す形の小山で、粟島小島との間に南側の水路が開いていた。飯山の麓には、中海を通じ、出雲に向かうための潮待ち港が作られていた。
三隻の軍船はゆっくりと水路に入っていく。左に大きく舵を切ると、目指す飯山砦である。小さな岬を回り込んだ時、ヒョウゴが急に船を止めた。後に続く軍船も止まった。
「軍船が見えます。」
ヒョウゴの指さす方をみると確かに大きな軍船が二隻港に入っている。既に大蛇の軍勢が着いていたようだった。
「様子を見て参ります。」
クジが数人の兵を連れ、小舟に乗り換え、港へ向かった。
暫くすると、飯山砦から、黄色い狼煙が上がった。それを合図にタケルたちの軍船は港へ入った。港にあった出雲の軍船には数人の留守役の兵がいたが、たいして抵抗することもなく、あっさりと軍船を明け渡した。
タケルたちは、港の様子を覗いながら、飯山砦へ向かう。クジたちが砦の門で待っていた。
「誰も居りません。」
クジが戸惑った様子で言う。タケルたちも砦の中へ入り様子を見て回った。砦の館のあちこちが焼け落ちている。
「戦に負けたと云うことでしょうか?」と、ヒョウゴがタケルに訊く。
「いえ、ここで戦は起きていないのでしょう。」
タケルは焼け落ちた館を見ながら答える。
「戦があったなら、多くの亡骸があるはず。それに焼けた館は、皆、砦の周囲の小屋ばかりです。海から見るときっと砦全体が燃えているように見えたはずです。おそらく、ここに大蛇軍の注意を引き付け、どこかへ逃れたのでしょう。」
「では、どちらに居られるのでしょう?」再び、ヒョウゴが訊く。タケルには見当も付かなかった。
遠くで、馬のいななきが聞こえた。暫くすると、砦に石段を駆け上がってくる足音が響き、イカヤが姿を見せた。イカヤは、転がるようにタケルの元へやってきた。
「狼煙が見えましたので、タケル様たちでは、と思い、かけて参りました。」
イカヤは腕や足に怪我をしている。衣服もボロボロになっていた。
「その有り様はどうしたのだ?」
気になって、ヒョウゴが訊いた。
「出雲、大蛇の軍が攻めて参り、慌てて身を隠し、このような有り様に・・。」
「では、戦が起きたのか?」
ヒョウゴが続けて訊く。
「いえ・・私がここへ着く少し前に、砦から煙が上がっているのを見つけ、慌ててここに参りました。しかし、すでにどなたもおられず、暫くすると、多数の兵たちが砦の中に入ってきました。私は慌てて、裏山に逃れました。麓辺りにも兵がたくさんおり、藪の中を見つからぬように動いて、何とか浜まで出ることができました。」
衣服の傷みや怪我はその時の跡のようだった。
「トキヒコノミコト様たちはいずこへ行かれたのでしょう?」
タケルが訊く。
「私は、その後、周囲を回り、伯耆の軍勢を探しました。大神山の麓あたりに移られたと、郷の者から聞き、すぐに向かいました。」
「大神山の麓とは・・随分と広いが?」
と、ヒョウゴが訊く。イカヤは、焼けた館の上に立ち、指さす。
「あそこに見える山が大神山。裾野の先が、妻木(むき)の郷。少し山を上がったところ辺りに、隠し砦があり、そこに居られました。」
「では、トキヒコノミコト様に会えたのですね?」
タケルが訊く。
「はい。仰せの通りに、黒水晶の玉を差し出し、伝言をお伝えいたしました。」
「それで、話が出来たのですね?」
タケルは、トキヒコノミコトが、トキオであることを確かめるように訊く。
「はい。トキヒコノミコト様は、黒水晶を見られた後、空を見上げ、しばらく泣いておられました。そして、タケル様に伝言を預かりました。」
イカヤが言う。
「悪しき大蛇一族を殲滅せねば、出雲に安寧は訪れない。ヤマトの御力をもって、この窮地をお救い下さい。との事でした。」
トキヒコノミコトの伝言は、砦に居る者達も聞いた。そして、皆、奮起した。
「それで・・出雲大蛇の軍勢は?」
今度はクジが訊く。
「およそ三百の兵ではないかと。真っ直ぐ、大神山の隠し砦へ向かいました。」
イカヤが答えると、聞いていた兵が少し静まった。
三百の兵となると、容易く倒せるものではない。大神山の隠し砦にどれほどの兵が居るかは判らないが、それを凌ぐ兵の数とは到底思えない。すでに攻められ大敗を喫しているかもしれないと多くの者が思っていた。
イカヤの答えに、クジが頭をかしげる。
「真っ直ぐに隠し砦へ向かった?・・どうして、伯耆の兵が隠し砦に居ると判ったのだ?」
確かにクジの言う通りである。
使者であるイカヤさえ、さんざん探し回ったのである。出雲から来た大蛇の軍がなぜそこにトキヒコノミコトが居ると知っているのか。
「トキヒコノミコト様は、ここらの民も、大蛇の兵に襲われぬように、ともに砦近くの隠し郷へ連れて行かれたようなのです。きっとその中に間者が紛れているのでしょう。」
「では、我らが向かっている事も知られているということでしょうか?」
と、タケルが訊く。
「判りません。もし、知られているなら、隠し砦へ向かう道で待ち伏せしているにちがいありません。」

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