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7-3 すり替え [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

ルイの言葉に剣崎が反応し、真っすぐに須藤夫妻のところに走り出した。その様子を見て、なにが起きたのかと、亜美とリサも慌てて走り寄った。
剣崎は、須藤夫妻の前に立ちはだかるようにした。
「なんですか!」
須藤栄子が声を荒げて言った。
亜美がすぐに警察バッジを見せて言った。
「警視庁です。・・須藤英治さん、栄子さんですね?お聞きしたいことがあります。」
須藤栄子も英治も決してたじろぐことなく、平静な表情を浮かべたままだった。
「おんぶしているのは、どなたですか?」
英治と栄子は、視線を合わせる。
「いや・・これは・・迷子になったお子さんですよ。これから、迷子センターへ連れて行くところなんですが・・。」
英治がゆっくりした口調で答えた。
「迷子?」
「ええ・・そこの・・そうそう、羊の行進が終わった時に、親御さんからはぐれてしまったみたいでね。泣き疲れたのか、歩けないって言うんで、おんぶして連れて行くところです・・それが何か?」
英治は、悪びれる事もなく、穏やかに答えた。
「一緒にいた、マリアさんは?」
亜美が訊くと、栄子が微笑を浮かべて答える。
「マリア?・・だれですか?」
「一緒にここにきたマリアさんです。何処ですか?」
亜美がさらに追及する。
「いえ・・ここには私たち二人で来ましたよ。マリアなんて子は知りません。何かの間違いじゃないんですか?」
栄子は落ち着いて答える。
「とぼけても無駄ですよ。私たちはずっとあなた方を監視していたんですから・・。」
亜美が少し興奮気味に言った。
「監視?どうして私たちが監視されるんですか?人権蹂躙です。訴えますよ。」
「あなた方夫妻は、マリアという少女を匿っていたでしょう。・・少女の拉致監禁で逮捕できるんですよ。正直に答えてください。」
「少女の拉致監禁?・・全く、どうなっているんでしょう、この国の警察は。そんな証拠があるのなら見せてください。・・ああ、そうです、ここへ入場券を払って入ったですから、受付で確認してみてください。私たちは二人でした。そんな少女は連れていませんでしたから・・。」
栄子は自信満々に答えた。すぐにリサが受付に走り確認して、戻って来た。
「残念ですが・・受付の担当者は・・確かに二人だったと証言されました・・。」
リサが言うと、「そんな・・バカな・・。」と亜美。
「そうでしょう?何を根拠にそんな根も葉もない事を・・それより、この子を早く迷子センターへ連れて行かなくちゃ・・。もう良いですか?!」
栄子の口調が勝ち誇ったように聞こえた。
須藤夫妻はそう言うと、迷子センターへ歩き出す。
それを見つけたのか、すぐに、若い夫婦が駆け寄ってきて、おんぶされている子どもを受け取り、何度も何度も頭を下げてから離れて行った。
一部始終を剣崎は無言で見ていた。
「戻りましょう。」
剣崎はそう言うと、トレーラーへ戻って行った。
トレーラーハウスに着くと、皆、思い思いの場所に座り、しばらく無言だった。
トレーラーには、アントニオが残っていて、ドローンで周囲の様子を監視していた。
「ボス!空からは何も・・。」
とアントニオは残念そうに報告した。
「レヴェナントに仕組まれたわ・・。」
剣崎が吐き捨てるように言った。
「一体、どういうことですか?」
悔しい表情を浮かべながら、亜美が剣崎に訊いた。
「人の記憶を入れ替えるなんて、彼らにすれば容易いことなのよ。須藤夫妻も全く動じていなかったし、受付も、恐らく、あの若夫婦も、造られた記憶を植え付けられたのよ。二人でここへ来た。そして、迷子を見つけた・・それは、須藤夫妻にとって、全て事実でしかない。マリアと一緒にいたという記憶すら消されているにちがいない・・。」
「そんな事ができるんですか?」
と、リサも驚いて訊く。
「思念波を捉え、思うように操るということは、そういうやり方もあるのよ・・それができるのは、おそらく・・No051・・ケヴィン・・。」
剣崎が初めて聞く名前を口にした。
「ケヴィン?」
一樹が訊く。
「マーキュリー研究所で、私と一緒にいた被験者の一人。彼には、マニピュレート能力が認められたの。でも、弱々しくて、コントロールできないものだった。でも、ある薬が開発されて、飛躍的に能力を伸ばしたの。その後、彼は、工作員になって世界中を飛び回っていたわ。でも、薬の副作用が出てしまって・・・・。」
薬と副作用と聞いて、ルイが反応した。自らも、父、神林教授によって、様々な薬の実験体として扱われ、生きた屍だった過去を思い出していた。
「副作用というのは?」
ルイが剣崎に尋ねる。
「はじめは幻聴。神の啓示だと口走るようになった。でも次第に彼の中で現実の世界になった。彼は自らをメシアだと思うようになり、自らの能力を神から与えられたものだと信じた。工作員だった彼は、呼び戻されて、一時、研究所は彼を監禁して、暴走が進まないよう、薬を絶った。」
「やはりそういうことなのね。」とルイが頷きながら続ける。
「イプシロン研究所でも同じようなことがあったわ。被験者の能力を引き出すために極限状態に長期間隔離したり、命を落とすことなど構わず薬を投与したり・・。人として扱われることはない。特別な能力を高める以前に、人格崩壊も・・。おそらく、彼もそういう経路をたどったんでしょうね。」
自らの境遇と重ねながら、ルイが言うと、剣崎が応えるように言った。
「研究所には様々な研究員がいる。開発した薬の成果を確認し続けようとする者もいた。その研究者たちが、彼を解放して、何処かに匿ったんでしょう。・・・・だから、組織は、彼らのことをレヴェナントと呼び、警戒したのよ。」
ひとしきり剣崎の話を聞いていた一樹が、少し苛ついた口調で言う。
「剣崎さん!一体、どこまで知っているんですか?知っていることを全て話して下さい。」
一樹は剣崎を睨みつけている。
だが、剣崎は口を閉ざした。答えられずにいた。
そんな様子を見て、今度は亜美が詰め寄る。
「マリアちゃんの保護は、本当に、正しいことなんですか?連れ戻した後、彼女はどうなるんですか?彼女は・・」
亜美はそこまで言って、大粒の涙を流した。
僅か10歳の少女は、特別な能力を持ったゆえに、隔離され生きて来た。そこをようやく抜け出したのだが、再び、怪しい者達の手に落ちた。そこから救い出したとしても、彼女の未来は閉ざされている。そう思うと、怒りと悲しみ、悔しさが一度にあふれだし、涙が止まらなくなった。
「もう少し時間をちょうだい。」
剣崎は険しい表情を浮かべて答えた。
「カルロスが戻ってこない!」
ひとしきり、皆の話を聞いていたアントニオが、思い出したように言った。
「カルロスは?・・カルロス!カルロス!」
一樹が無線で呼びかける。だが、返答はなかった。

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