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7-2 牧場 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

「ダメだわ・・須藤英治やマリアは何も知らされていないみたい・・。」
剣崎は残念そうにそう言うと、部屋を出て、階下へ戻った。
「剣崎さん、これはどうでしょう?」
ルイが指差したのは電話機だった。
「外部から連絡があるとして、もちろん、携帯電話ということもあるでしょうが・・ただ、これからは思念波がはっきり見えるんです。」
ルイがそう付け加えた。直ぐに、剣崎が受話器を取り上げてサイコメトリーを始める。
確かに、須藤栄子が握っていたことは判った。剣崎は頭の中に広がる映像の時間を巻き戻してみる。受話器を取り上げ、栄子が何か厳しい表情に変わり、「判りました・・これから出かけます。ええ・・判っています・・それより、マリアを本当に保護して守ってくれるんですよね・・はい、ええ・・そうします。」と、会話をしている映像が続いた。
「誰かに呼び出されて出かけたのは間違いないようね。」
サイコメトリーを終えて、剣崎はやや疲れた表情でそう言った。
「どこに向かったかは?」
「判らなかった・・マリアを保護してくれるのかと、訊いていたから・・おそらく、レヴェナントじゃないかしら。しかし、彼らに本当にそんな事ができるかしら・・。」
剣崎が呟く。
「矢澤刑事たちが頼りね。レヴェナントが接触する前に何とかマリアを保護しないと・・。」
剣崎が言うと、ルイが訊いた。
「その・・レヴェナントにレイも捕まっているんでしょう?」
「ええ・・そうよ。」
「それなら、このまま、彼らの計画に乗ってみたらどうなんでしょう?」
剣崎は、ルイの質問に少し戸惑っていた。
マリアを保護する方法も、その後のことも何も明確になっていないままだった。むやみに接触し、刺激すると、自分たちも無傷では済まないだろう。レヴェナントがレイを拉致したのは間違いない。彼女の能力を知って拉致したのだとすると、彼女こそ、マリア保護の切り札であるにちがいない。この先で、マリアがレイと接触する可能性が高いことは容易に想像できた。
「レヴェナントが、レイさんを使ってマリアと接触することは間違いないでしょう。だからと言って、それが本当に良いことかどうか・・・。想像を超えた惨事が起きるかも・・。」
剣崎はようやく頭の中を整理して、ルイに答えた。
剣崎とルイは、トレーラーに戻り、マリアを追うことにした。
大きなモニター画面にマリアの乗った車が進んでいく。
ルイも、剣崎と同じことを考えていた。だが、ルイは、マリアとレイが接触すると想像を超えた恐ろしい事態に向かうのではないかと思えてならない。磯村健一氏とあの店で接触した時、鋼の様な繭に覆われた思念波を感じた。それはおそらく、マリアの能力と共通するのではないか。レイがシンクロする事で、レイ自身が鋼のような繭に閉じ込められてしまうのではないか。そうなった時、解放する術はあるのか・・。悪い想像が膨らんでいく。
一樹から連絡が入る。
「富士樹海牧場で車を降りました。今、亜美とリサが気づかれないように接近しています。」
一樹は、車中に残り、レヴェナントと思しき人物が、ここへ到着するのではないかと目を光らせていた。亜美とリサは、女友達の旅行を装って、牧場の中に入った。
牧場といっても、観光牧場となっていて、入口近くにはバーベキュー広場や子供向けの遊具があり、その先には、羊の毛刈り、乳しぼり、バター作りなどの体験工房が並んでいる。その先に、広々とした緑地に羊や牛が放牧されている、総合レジャー場というようなところだった。
マリアを連れた須藤夫妻は、牧場に入ると、遊具広場や体験工房等を順番に回って遊んでいる。亜美とリサも、少し離れて追っていく。
「孫を連れた老夫婦・・ですね。」
牧場の白い柵越しに、羊に餌をやりながら、リサが呟く。
マリアは、大きめの麦わら帽子を被り、時折、無邪気な笑顔を見せている。それを目を細めて眺めている須藤夫妻。このまま何も起きずに居てくれればと、ふと、亜美も思っていた。
牧場の中には、他にも、家族連れが居て、マリアたち同様愉しんでいる姿があった。
牧場の一番高い所には、牛舎と羊舎が建っている。
何か前方が騒がしい。
「何かあったのかしら?」
そう言って、亜美が小走りに騒ぎの方に向かう。リサも続く。そこは、羊舎の少し下の緑地だった。観光客が徐々に集まってくる。
『さあ、皆さん、牧場名物の羊の行進です!』
場内アナウンスが響き渡る。
突然、わーっという声が響く。すると、羊舎から、百頭以上の羊が出て来て、観光客の前を一気に走り抜けていく。子どもたちが走り抜ける羊を追っていく。それにつられて親たちも走り出す。羊たちが土を蹴る足音、歓声で辺りは騒然となった。
亜美とリサも突然の事に気を取られてしまった。
羊たちは、緑地に入ると静かになって草を食む。観光客も白い柵越しに羊たちを眺め始め、ようやく静寂に戻った。
ふと周囲を見る。須藤夫妻とマリアの姿がない。
「マリアさんたちは?」
亜美がリサに叫ぶ。リサも、柵周辺に並んでいる観光客に視線を送る。だが、そこには須藤夫妻もマリアの姿もなかった。
「一樹!須藤夫妻を見失ったわ!」
亜美が無線で一樹に連絡する。
「なんだって!」
一樹はずっと駐車場を出入りする車に注意を払っていて、牧場の様子を全く知らなかった。すぐに、牧場の入り口に視線を移す。だが、出て来る人影はない。駐車場を出入りしていた車に不審な車両もなかったはずだった。
「きっとまだ中にいるはずだ。探すんだ!」
「判ってるわよ!」
亜美とリサは、手分けして園内を探し回った。
「あっ!あれは?」
リサが、牛舎の前を歩く夫妻の姿を見つけた。須藤英治と栄子に間違いない。英治がマリアを負ぶっているようだった。大きな麦わら帽子が英治の背中にあった。二人はそのままゆっくりと、出入り口の方へ向かっていく。夫妻の姿を見つけ、亜美とリサは少し安堵した。
マリアは歩き回って疲れたのだろう。それで英治の背中で眠っているのかもしれない。そう思いながら、少し離れて、二人のあとを追う。
ちょうど、そのころ、剣崎とルイを乗せたトレーラーが富士樹海牧場へ到着した。
「須藤夫妻は中にいます。亜美とリサが近くで監視しています。」
一樹は、トレーラーの神崎に報告する。
「接触してきた者は?」と剣崎。
「今のところ、ありません。」と一樹。
「そう・・。引き続き、不審な車両が入って来ないか監視して!アントニオ、周囲の様子を探ってみて。カルロスは、牧場の裏手に回って。」
剣崎はそう言うと、トレーラーを降り、牧場入口へ歩いていく。ルイもついて行く。カルロスは、駐車場を走り抜け、山の中へ入って行った。アントニオはドローンを使って、空から周辺の様子を監視し始めた。
「あれね。」
剣崎は、牧場の中に入り、すぐに須藤夫妻の姿を確認した。20mほど離れた位置に、亜美とリサがいた。剣崎は、小さく二人に合図を送る。亜美とリサも応えるようにうなずいた。
ゆっくりと剣崎とルイが、須藤夫妻に近付いていく。
急に、ルイが立ち止まった。
「あれは・・。」とルイが呟く。
「どうしたの?」と剣崎が訊く。
「あれは・・マリアさんじゃない。別人です。思念波が・・違う・・」

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