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8-2 逃避行 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

『ケヴィンは今、力を使い果たして疲れて眠っています。・・今なら、手下の男達を操れるかも知れない。』
レイは、姿勢を変えずに思念波で語りかける。
レイの言葉に、マリアがそっと目を開けた。マリアは、レイの顔を見て、安心したような笑顔を見せた。そして、『私に任せて。』そう思念波で伝えてきた。
マリアは再び目を閉じる。
すると、マリアから柔らかい思念波が徐々に広がってくる。
『レイさん、思念波で、自分を守って。』
マリアの思念波が頭の中に広がり始めた。
レイは、すぐに思念波で自分の意識を守る殻のようなもので自分を防御した。ゆっくりと、マリアの思念波が部屋に広がり、そこにいた男たちは徐々に倒れ込んでいく。
マリアは静かにベッドから起き上がる。
レイはマリアを連れて、寝室の脇にあるキッチンの勝手口から外に出た。
そして、二人はそのまま、森の中へ入って行った。
暫くすると、ケヴィンが目を覚ました。部下の男達が倒れているのを見つけ、すぐに寝室へ行く。そこには、マリアもレイの姿もなかった。
「逃げられたか!」
ケヴィンは怒りを抑えきれず、ベッド脇にあった電気スタンドを投げつけた。その音で、男たちが目を覚ます。
「レイとマリアが逃げた。まだ、それほど遠くには行っていないはずだ。探せ!」
ケヴィンが強い口調で命じる。
すぐに男たちは外に出て、手分けして探し始める。
「ボス!林道の先に入っていないようです!」
国道まで出て行った男が戻ってきて、ケヴィンに報告する。
「森へ入ったか!・・行け!探すんだ!」
青木ヶ原の樹海に無暗に立ち入るのは無謀であった。樹海の中に、僅かながら道はあるが、周囲は深い森、自分の方向がすぐに判らなくなる。同じような景色で、同じところを何度も通ることになり、そのうち、体力を消耗して動けなくなり、最後には命を落とすことになる。
男たちはそうなることを知らなかった。
森へ分け入った男たちは、出発点であるキャンプ場を見失うのは確実だった。そう気づいた時、ケヴィンは途轍もない大きな力が迫ってきていることを察知した。
「いけない・・奴らがくる・・。」
ケヴィンは、この強大な力はチェイサーだと察知した。部下たちはまだ戻ってきていないが、このままでは、チェイサーと戦うのは無理だと判断した。
ケヴィンは部下たちを置き去りにして、車に乗り込み、その場を離れた。
ケヴィンがキャンプ場から出て国道を南下し、本栖湖へ向かった頃に、入れ替わるようにして、1台のワゴンがキャンプ場に現れた。
ワゴン車からは男が数人降りてきて、ロッジの中を物色する。
「ボス、誰もいません。」
戻ってきた男が、車中の男に報告する。
それを聞いて、男は目を閉じる。彼こそ、チェイサーの一人で、クロスと呼ばれる男だった。
「おかしい・・この周囲に、強い思念波を感じる・・・樹海の中か・・。」
クロスは、ゆっくりと車を降りると、樹海を睨みつける。
そして、両手を広げると、大きく前に突き出す。この動作と同時に、矢のような思念波が飛んでいく。クロスが発する矢のような思念波が森の中を飛び交う。森の奥でうめき声が響く。
「うむ・・奴はいないようだな・・。何処に行った?」
クロスは、向きを変えて四方に同じように思念波の矢を放つ。
「近くにはいないようだな・・・。」と、残念そうに言う。
「ボス、森の中でこんなものが・・。」
手下の一人が、白い布を持って戻って来た。クロスはそれを手にして、目を閉じる。サイコメトリーをしている。
「ほう・・これは・・マリアの着衣のようだな・・・。そうか、マリアは奴の手を逃れたということか・・おい、マリアを追うぞ。」
クロスは手下を呼び集めると、森の中へ入っていく。
手には、マリアの着衣を持ち、サイコメトリーをしながら進んでいく。着衣から見える光景を一つ一つ探りながら、マリアとレイの後を追っていく。
一方、その場を離れたケヴィンは、まだ充分に体力が回復していなかった。
ケヴィンは、自らの能力を最大限に引き出す薬を常用していた。その結果、体はボロボロになっていた。幻覚も進んでいた。もはや限界に達していた。
なんとか、本栖湖の湖畔まで逃げて来たものの、徐々に意識が薄れ、それ以上動けなくなってしまい、湖畔の駐車場に何とか車を停め、休むしかなかった。
「あのチェイサー・・一体、誰なんだ・・・。あと少しだったのに・・。」
うわごとのように呟き、ケヴィンはそのまま眠ってしまった。
そこに、誰かが近づいてきた。
「ご苦労様・・お前の役目は終わったな。」
そう言うと、窓越しに手を当てた。
掌から一瞬鋭い光が発したように見えた。暫く、そのまま、中の様子を見たあと、静かにその場を離れて行った。

その頃、レイとマリアは、青木ヶ原の樹海の中を歩いていた。
細い林道は時々行先が見えなくなる。その度に、レイは、思念波を使って人の気配を探し、方向を定めていた。同じような景色の中だが、レイとマリアは確実に東へ向っていた。
その先には、富岳風穴があるはずだった。そこまで行けば、何とかなるとレイは考えていた。
そして、クロスたちも、残像を追って、着実に迫ってきていた。
日が傾き、森の中は暗闇が広がり始めていた。
ふと見ると、マリアは相当疲れているようだった。
まだ十歳の少女である。長く、施設に収容され、体力があるとは言い難い。
「マリアさん、まだ歩ける?」
レイが労わるように訊いた。
「大丈夫。まだ・・歩けます。」
マリアは、答える。だが、かなり疲れているのは判った。
「少し休みましょう。」
レイは、そういうと、倒木が重なり、ちょうど屋根になっているような穴を見つけ、そこに入った。
「少し眠る?」
レイが訊くと、マリアは小さく頷き、レイの体に頭をもたげる仕草を見せた。レイは、そっとマリア載せに手を回し、抱き寄せるようにした。
僅かの時間だが、マリアはレイと一緒にいる間に、思念波の波動が、よく似ていることに気付き、レイの事を姉のように感じ始めていた。
レイもうとうとしていた。だが、何か大きな力が近づいてくる事に気付いて、はっと目が覚めた。
「マリアさん、行くわよ。」
レイはそっとマリアを起こした。倒木の間を抜けた先に大きな岩があった。
その大きな岩を越えた時、目の前に、舗装された道が見えた。風穴へ続く観光道路だった。そこに出ると、数人の観光客がいた。
「御免なさい。助けてね。」
レイは、そういうと、女性二人連れの観光客に思念波を送り、彼女たちの思念波とシンクロした。
女性たちは、急に立ち止まると、レイとマリアの方に近付いてきた。それから、二人の手を取り、駐車場へ向かっていく。
そして、そのまま、彼女たちが乗ってきた車に二人を乗せ、その場を離れた。
クロスたちはようやく樹海のはずれまで達していた。レイとマリアが休んでいた倒木の穴の中を覗き込み、その先へ進む。
もう完全に日が暮れて、富岳風穴の辺りには誰ひとりいなかった。
「逃げられたな・・・。」
クロスは、その場で、再び、周囲の思念波の矢を放つ。だが、人の反応はなかった。

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