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水槽の女性-10 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「さて、どこから手をつければいい?」
そう考えていると、携帯電話が鳴った。
「義歯の出所を探してください。生方の分析の結果、あの義歯は特殊な構造だと判りました。ジルコニア・セラミックというもので、通常の義歯に比べ相当高価らしく、美容歯科を専門としているようです。周辺の、美容歯科のリストをデータと、被害女性の顔写真で送ったので、すぐに当たりなさい。」
剣崎の言葉は、指揮官らしく厳しいものだった。一樹が電話を切ると同時に、義歯の画像、美容歯科のリストと地図、そして、被害者の顔写真が送られてきた。
一樹はスマホを手に、手近なところから順に当たっていく。大通り沿いは、デパートが並んでいて、一筋裏手に入ると、飲食店や衣類や雑貨などの入る雑居ビルが並んでいる。リストにある美容歯科はそういうビルの中にあった。3件ほど回ったあたりで、午後8時を回ってしまって、大方の歯科は診療が終わってしまっていた。一樹は仕方なく、その日は、カプセルホテルに泊まった。
翌朝、8時過ぎには、亜美が合流した。二人は地下街にある喫茶店の一番隅の席に座り、モーニングセットを注文した。そして、一樹は、昨日の剣崎の指示を伝え、これまでの成果を伝えた。亜美は、レイの様子を伝えた。その足で、リストにある美容歯科を順番に当たった。だが、目ぼしい情報は得られないまま、時間だけが過ぎて行った。昼は、ハンバーガーショップで済ませ、名古屋駅周辺にまでエリアを広げた美容歯科のリストを送ってもらって、一つ一つ当たった。だが、いずれの美容歯科でも、被害者女性につながる情報は得られないまま、夕方近くになった。
一樹と亜美は、もう一度、前日に当たったところに戻ったところで、少し古めかしいビルの地下にある歯科を見つけた。そこは、「安西歯科」という小さな看板だけが出ているところだった。階段を降りると、ドアの窓ガラスに小さく「安西歯科・美容歯科」と書かれていて、かなり古いものだと感じた。ドアを開けると、角が抉れたようなソファが一つ置かれていて、水商売だと一見してわかるような女性が俯いて座っていた。小さなカウンターの奥にかなり高齢の女性が座っていて、一樹が警察手帳を見せると、面倒くさいと言わんばかりの態度で、奥へ入ると、歯科医を連れてきた。出てきた歯科医は、黒縁メガネで頭髪はほとんどない、不愛想な男だった。
「安西です。何か?」
「これを見ていただけませんか?」
一樹はそう言うと、義歯の画像を見せる。
「これに見覚えは?」
「義歯だけ見て・・見覚えって・・毎日、扱っているんだから同じようなものは腐るほど見ているさ。」
安西は少し乱暴に答える。
その様子を見て、脇から亜美が少し表情を和らげて言った。
「ジルコニア・セラミックという特別な素材のようなんですが・・・」
「それくらいわかるさ、こっちは専門家なんだ。高価だが、色と強度の点で最も優れている。普通の歯科医では、あまり使っていないはずだ。」
会話から、一樹は安西の言う医者はそれほどバカではないと判った。
「ここでは扱っていますか?」と亜美。
「ああ・・羽振りの良い女が居れば使う事もあるが・・。」
「では、この女性はご存じありませんか?」
一樹は、被害女性の画像を見せる。安西という歯科医は、スマホの画像をちらりと見て、「ふん」と何か判っていたかのような表情をした。
「ご存知でしょうか?」と亜美。
「ああ・・その娘は、サチ。二年ほど前に治療した。・・・死んだのか。」
安西の言葉は何か意味深だった。
「どうして死んだと?」と一樹。
「義歯がそこにあるということは、遺体で発見されたのだろう。そうだな、白骨遺体にでもなって見つかったというところだろう?当然の報いかもしれないがな。」
「何か思い当たる事でも?」と一樹。
「思い当たる?・・そんなもんじゃないさ。・・ちょっと昔の人間なら、サチの事は誰でも知っているさ。突然、この街に現れて、キャバ嬢で随分と男たちに貢がせて、金が切れるとすぐに男を乗り換えて・・揉め事になると、その筋の奴が現れる。・・昔で言えば、美人局(つつもたせ)ってやつさ。苦労して頑張っている女の子たちも大勢いるんだがな。」
安西はそう言うと、ソファに座っている女性の方をちらりと見て、「おい、すぐ診てやるから、中に入りな.」と声を掛けた。ふらりと立ち上がった女性を見ると、顔を腫らしている。殴られたような跡だ。
亜美は何か声を掛けなければと思い、近寄ると、その女性は、恨めしそうな眼をして亜美を見た。その目は、哀れみなど不要など言わんばかりに思えて、亜美は何も言えなくなってしまった。
「サチが殺されたというのなら、自業自得だな。・・自殺するような女じゃないからな。もう良いだろ?忙しいんだ。帰ってくれ。」
安西はそう言うと、奥に入ろうとした。すぐに、亜美が訊いた。
「もう一つだけ・・サチさんの本名は判りますか?・・治療したのなら・・そう、保険証とか・・カルテに何か判るものは?」
「・・本名?・さあな。保険診療はやっていないんでね・・ああ、そうだ。サチは、かなり整形している。ここで治療した時、そんなことを言っていたから。歯も抜いて、顎も削っていた。その義歯を入れる時、得意げに言っていた。なんでも、大金を手にしたから整形して、別人になったんだと。」
「どこの病院でしょうか?」
「そんなこと知るか。それを調べるのが、あんたたちの仕事だろ?」
安西はそう言い放つと、奥へ入って行った。
一樹と亜美は、その歯科医を出て、表通りに戻った。
「さあ、どうする?」
一樹は考えあぐねていた。
「サチという名前は判ったわね。でも、本名が・・美容整形を当たってみる?」
亜美もどうしたものかと悩んでいるようだった。一樹は、歯科医を見つけたように、今度は、美容外科に当たることになりそうだなとは考えていたが、果たして、この周辺かどうか。ここに現れる前とすれば、捜査範囲が広すぎる。もっと、効率よく「サチ」という女性に近づけないものか・・。

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