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水槽の女性-9 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「矢澤刑事はまだ不信感を持っているようですね。でも、紀藤刑事は理解されていますね。」
剣崎はそう言うと亜美を見た。
「ええ・・やはりそうだったんですね。」と亜美が微笑みながら答えた。
「このことは、カルロス以外は知りません。秘密にしておいて下さい。」
剣崎が、珍しく頭を下げる。
「カルロスも何か特別な能力を持っているのですか?」と一樹。
「いいえ・・彼は高度に訓練された海兵隊員で、FBIが私の身辺警護のために派遣したのです。おそらく、彼は私が危険な目に遭えば、命をかけて守るはずです。」
ここでようやく、この特殊犯罪対策課の構造が理解できたようだった。
「レイさん、本当にありがとう。」
剣崎は改めて礼を言った。
「紀藤刑事、レイさんをご自宅までお送りして。」
「はい。判りました。」
亜美が立ち上がると、レイは剣崎の横に立ち、手を握った。
『いつでも協力します。無理をしないで。』
『ありがとう。』
二人は思念波で会話した。それから、レイは亜美とともに、黒いバンに乗り込み、橋川へ戻って行った。
「さて、ここからは、矢澤刑事に活躍してもらいます。あの義歯から、被害者を特定してください。」
剣崎は、再び厳しい表情に変わっていた。
「犯人の捜査は?」と一樹。
「それは、私の部下が、すでに、あの廃工場の持ち主や周辺での目撃情報などの捜査に着手しています。あなたとカルロスで、被害者を特定してください。」
「しかし・・・。」と一樹。
「闇サイトに辿り着くにはかなり時間が掛かるでしょう。被害者の遺体すら残さない犯人が、工場の持ち主から、辿れるような痕跡を残しているとは考えられません。犯人は、被害者から足取りが辿れないようにしたという事は、言い換えれば、そこが弱点と言えるでしょう。」
剣崎の捜査方針は間違っていないと一樹も同意できた。だが、義歯だけで被害者を特定する事もかなり難解ではないかとも思っていた。
「さっき、義歯に触れた時、残像が見えました。」
剣崎が、謎めいた微笑を浮かべて言う。
「生方、義歯を持ってきて。」
生方は、驚いた様子で飛び込んでくる。そして、シャーレに入った義歯を剣崎に渡す。
「良いわ、戻って。」
剣崎は、生方が会議スペースを出るのを確認してから、ゆっくりと義歯に指を伸ばすと目を閉じた。
剣崎の眉間に皺が寄る。少し、ロングヘア―が膨らんでいるように見えた。同じスペースに居る一樹にも、何か特別なエネルギーを感じた。10秒ほどその状態が続くと、大きな息を吐いて、剣崎が机に突っ伏した。それから、ゆっくり顔を上げて言った。
「被害者は・・名古屋・・栄駅周辺にいたようね。駅の看板が見えました。」
「名古屋か・・やはり、地元だったか。」
「そして、職業は・・風俗嬢かキャバ嬢。煌びやかなお店、男女の姿が見えました。・・・それと・・何か、白いもの・・覚せい剤かも」
「そんな風景が見えたという事か・・。・・女性の名前は?」
「そこまでは・・サイコメトリーで得られる情報は・・映像みたいなものだけです。見えたものの中には、彼女の名前につながるものはありませんでした。」
「なかなか、手強い仕事になりそうだな・・」
一樹が小さく呟く。
「さあ、早く行きなさい。」
剣崎は一樹とカルロスに命令する。
「あの・・剣崎さん、カルロスの同行は止めた方が良い。彼は巨体で目立ちすぎる。もし、暴力団がらみとなれば、彼の風貌では、余計なトラブルになりかねない。・・亜美が・・いや、紀藤が戻ってきたら、合流させてください。」
一樹の言葉に、剣崎は、カルロスを見る。確かに、カルロスが行けば余計な軋轢を生むかもしれないと思った。
「判りました・・すぐに連絡しておきます。さあ、早く。」
一樹がトレーラーを降りると、外には白いセダンが止めてあった。
「これを使ってください。」
剣崎の部下がキーを渡す。一樹はすぐに名古屋・栄に向かった。

亜美はレイを送り届けるため、黒いバンの後部席にレイに寄り添うように座っていた。
「アンナさん・・いえ、剣崎さんは孤独な人ね。」
レイが呟く。亜美は、剣崎の告白を聞き、出会った頃のレイと重なるように感じていた。初めてレイに会った時、橋川署で、ヒステリックに一樹の名を呼び、周囲の制止など無視するほど尖っていた。そして、事件を解決した後、自分の事は何も語らず、ひっそりと姿を消した。あの頃、レイは、その特殊な能力のために周囲と距離を置き、自分の存在を知らせることを拒むようにしていた。そして、母が監禁された状態にある事を誰にも告げず、一人、苦しみと闘っていた。剣崎も、きっとそういう境遇にあったのだろうと想像できた。
「そうね・・。」と亜美は答える。
「きっとまた、私の能力が必要になるはずなの。その時はすぐに言ってね。」
レイの言葉には、同じように特殊な能力のために、悩み苦しんだ者同士の強いつながりのようなものを感じていた。

一樹が、名古屋・栄に到着した時にはもう日暮れの時間だった。仕事を終えたサラリーマンやOLが家路を急ぐ中、夜の街の住人たちが動き始めていて、大通りはタクシーや自家用車の渋滞が始まっていた。たくさんのネオンサインと雑踏、有象無象の輩がさらに増える、そんな時間だった。一樹は、地下駐車場に車を入れると、地下街に出た。人が溢れている。

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