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水槽の女性-14 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「よろしくお願いします。」
亜美が頭を下げると、結は、亜美の耳元で囁くように「早く辞めた方が良いわよ」と言った。亜美が驚いて顔を上げたところで、結は満面の笑みを見せて「結です。よろしくね。助かるわ。」と周囲に聞こえるように言った。その日、客は3人ほどで、それぞれ指名客のようだった。指名のなかったキャバ嬢は、カウンター席やボックス席に思い思いに座って、時間をつぶしている。亜美は、結の傍に座り、どう探りを入れればよいか考えていた。
「お客さん、少ないんですね。」
亜美が口にすると、結が亜美の口を覆うようにして言った。
「駄目よ。ママが怒りだすわ。こんなふうになったのは誰のせいだってね。」
結がまた、耳元で囁くように言う。亜美も、同じように、結の耳元で囁くように訊いた。
「何かあったんですか?」
それには、結が首を横に振って「話せない」という風に答えた。
「いらっしゃいませー。」
出迎えの声が店内に響いた。通路を見ると、一樹とカルロスだった。キャバ嬢たちは、巨漢のカルロスに引き攣った表情を浮かべながら出迎える。
「ご指名は?」とボウイが訊くと、一樹が亜美の方を指さした。
「ああ・・結さんですね。・・結さん、ご指名が入りました。」
一樹とカルロスは、ボックス席に案内され、水割りのセットとフルーツ盛り合わせが運ばれてくる。
「ここはぼったくりのキャバクラのようだな・・。」
と、席に座りながら、一樹が呟く。
カルロスは、このような場所に来るのは初めてのようで、体に似合わず緊張しているようだった。
「結です。ご指名ありがとうございます。・・初めてですよね?」
「ああ・・入口の写真で見てね、気に入ったから・・。」
「まあ、嬉しい。こちら、あみちゃん。今日からの新人さんなの、よろしくね。」
そう言うと結は、一樹の体に密着するように座った。亜美も、結の仕草をまねるように、仕方なく、カルロスに密着するように座った。カルロスの体は硬直したように固まっている。そして、ぎょろりとした目で亜美を見下ろしている。その視線はちょうど網の胸元を見ているように感じて、亜美はカルロスの腕を思い切り抓った。驚いてカルロスは視線を天井に向けた。
「こちら、外国のお方かしら?」と結が訊く、
「ああ、こちらは、カルロス。アメリカから、貿易の仕事で来てるんだ。大丈夫、日本語もちゃんと話せるから。アメリカにはこういう店がないらしくて連れて来てやったんだ。こいつ、大きな会社の社長なんだ。今日は彼のおごりなんだよ。」
「へえ、お金持ちなんだ。じゃあ、一番高いお酒、お願いしてもいいかしら?」
結がちょっと甘えた声を出して、カルロスの太ももに触れる。カルロスは一樹をじろりと睨んだ。
「いやあ、まだ、早いから。もうちょっと飲んでからにしよう。さあ、作って。」
一樹がグラスを差し出す。今まで、水割りなど造ったことはない亜美がぼんやりしていると、結が、手を伸ばしてグラスを受け取り、手際よく水割りを作る。
「お客さん、お名前は?」
と結は水割りのグラスを外差し出しながら、一樹に訊いた。
「ああ・・そうか・・一樹と呼んでくれれば良い。」
「へえ、一樹さん・・なのね。どんなお仕事?」
結は、一樹の太ももに手を置いて、体を密着させながら訊いた。
「ああ、そうだな、カルロスの取引先。今、名古屋を案内しているところさ。」
その後、他愛のない話が続いたが、客の数は一向に増えなかった。
「何だか、客の数が少ないようだな・・。いつもこんな・・」
何の気なしに一樹は訊いたはずだった。だが、結は急に一樹の口を押えた。
「止めて!ママの機嫌が悪くなるわ。」
店の経営者にとって客の入りは重要な問題だとは思うが、何かそれ以上のことがあるように感じられた。
一樹は、それが「サチ」と関係があるのではないかと直感した。
「そう言えば・・確か、この店にサチという女の子が居たと思うんだが」
と、結の耳元で囁くように言った。結の顔色が見る間に変わっていく。
「ごめんなさい。」
結はそう言うと急に席を立ち、事務所の方へ隠れてしまった。
「ごめんなさい。」というと、亜美も結の後をついて奥へ入った。
一樹は、カルロスに店を出るという目配せをし、立ち上がる。すぐに、ボウイがやってきた。
「あの・・女の子は気に入りませんでしたか?良ければチェンジしますが・・。」
「いや、良い。勘定をしてくれ。」
一樹はそう言うと、出口へ向かう。すぐに、黒服の男がやってきて、伝票を見せる。法外な金額が書かれていた。
「ほう・・グラス一杯でこの値段か・・・ぼったくりだな。・・」
「お客さん、何か、文句があるのか?」
黒服の男が二人、三人と集まってくる。ちょっと遅れて席を立ちあがったカルロスが、黒服の男を一人、肩を掴んで持ち上げる。
「うう・・」という呻き声とともに、何かがバキッと折れるような音がした。そして、もう一人の男も同じように肩を掴んだ。その男が反射的にカルロスを蹴ろうとしたが、その足をカルロスは軽々と掴み、強く握りつぶす。「ううう・・」という呻き声をあげて、男はのたうち回った。
「お前ら、ただじゃすまないぞ!」
残った男が息きまく。その言葉を聞いて、一樹が、警察バッジを見せる。
「いいだろう。高くつくだろうな。」
そういうのと同じタイミングで、パトカーのサイレンが聞こえ、店に警官たちが入ってきた。店内の一部始終は、カルロスの胸に付けていた小型のカメラが全て映していて、愛知県警に通じていたのだった。
「さあ、行こうか。」
一樹はカルロスとともに、店の奥へ向かった。裏手にはすでに警官が待ち構えていて、店のママはすでに捕まっていた。亜美と結は、着替え室にいた。

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