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黄色い髪の男-3 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

松本に残された一樹と亜美は、翌朝から、廃ビル周辺で聞き込みをして、事件前後に廃ビルへの出入りがなかったかを調べた。聞き込みをしている刑事がいると聞いて、松本駅前の不動産屋が話があると連絡してきた。すぐに、二人は不動産屋に向かった。
駅前の小さなテナントビルの1階の事務所で、二人は担当者から話を聞いた。
現れた担当者は、猫背で少し俯きがちの気の弱そうな30代の男だった。何故か、彼は、二人を前に、周囲に聞こえないように小声で話した。
「あの廃ビル、うちで売却を頼まれているんですが・・・・なかなか買い手がつかず。近々、取り壊しになる予定だったんです。・・死体が発見されたとなると、売れないのは確実。取り壊しを急ぐつもりなんですが・・宜しいでしょうか?」
不動産屋の担当者に訊いた。
「まあ、仕方ないでしょう。殺人事件かどうか定かではありませんし、もう、これといって現場証拠も残っていませんから・・。」
「そうですか。では、すぐに取り掛かります。」
担当者は少し安心したような表情を浮かべた。
「ところで、あの廃ビルはどなたかの持ち物なのですか?」
亜美が訊いた。
「ええ、以前は、ヤマキ商事という会社が所有していたんですが、倒産してしまって、差し押さえ物件となったので、わが社で売却を委託されているんです。」
「倒産ということなら、差し押えた銀行か、裁判所の競売に掛かるんじゃないんですか?」
と、一樹が訊く。
「はい、銀行からの連絡で、所有権はMMコーポレーションという会社に移っていると聞いています。そこからの指示で、取り壊しにする事になったんです。」
不動産屋の担当者から一通り話を聞いて店を出た。
一樹と亜美は、駅前のファミレスに入り、昼食をとることにした。亜美は、待っている間、スマホを捜査している。
「ねえ、一樹。MMコーポレーションって、この近くみたいよ。」
「何をやってる会社なんだ?」
「さあ・・後で、行ってみる?」
「そうだな。何も手掛かりがないんだ。とりあえず行ってみるか。」
食事を済ませると、そこからタクシーでMMコーポレーションへ向かった。
「この辺りみたいね。」
亜美がスマホのマップで場所を探す。だが、そこは街の郊外で、周囲にはこれといった建物はない。街道沿いに古い町並みはあるが、MMコーポレーションの場所は、小さな小屋がぽつんと建っているだけだった。明らかに、空き家のようだった。
「ペーパーカンパニーか。」
一樹は、少し予想がついていたような口ぶりだった。
「じゃあ、本当の所有者は別にいて、身分がばれないようにしているってこと?」
「おそらく・・そいつがこの事件の鍵になる人物かもしれないな。」
一樹はそう言うと、ふいに思いついたように言った。
「なあ、確か、武田敏の家も更地になっていたが、誰か相続人はいたんだろうか?ひょっとして、あの家も、MMコーポレーションの所有ってことはないかな。」
「え?・・じゃあ、生方さんに調べてもらったら?」
すぐに、生方に連絡を取り、武田敏の家のあった土地所有者を調べてもらう事にした。すぐに、生方から返答が返ってきた。
『たしかに、武田敏には身内がなく、事件の後、競売に掛かって、KN企画という会社が購入したようです。今、KN企画という会社を調べているんですが、つい最近、解散したようです。今は、誰も所有していない土地という事になりますね。』
「KN企画という会社は何をしていたか判りますか?」
『いえ、実態は不明です。登記簿では代表者名はあるんですが、すでに亡くなっていました。やはり、ペーパーカンパニーじゃないでしょうか?それと、MMコーポレーションも調べてみましたが、代表になっている人物は、名古屋市在住でした。電話で確認しましたが、そんな会社は知らないと話していました。たぶん、勝手に名義を使ったようです。・・まあ、こうした事はよくある事ですが・・』
やはり、松本の廃ビルと同様、ペーパーカンパニーが存在していた。二つとも、おそらく、バックには同じ人物、あるいは組織が存在している可能性が考えられた。
「生方さん、もう少し、二つの会社の事を調べてもらえませんか?何か、共通項が見つかれば、そこから、事件の糸口がつかめるかも知れません。」
『了解しました。・・それで、御二人はこの後は?』
一樹は、生方から、「御二人」と呼ばれて少し居心地の悪い感覚を覚えた。
「水野裕也を殺した男がEXCUTIONER(死刑執行人)の可能性があります。もう少し、ここで水野裕也の目撃情報を集めてみます。」
生方には、そう言ったものの、一樹には、当てがなかった。殺害して、あの場所に遺体を運んだのは間違いない。だが、あれほどの猟奇的な殺害をやって画像をネット上にアップする大胆な相手が、簡単に、水野裕也の殺害の証拠を残しているとは思えなかった。おそらく、深夜から早朝の人通りの少ない時間帯に、廃ビルに入り遺体を放置したはず。目撃者はいないだろう。実際、ここ数日の聞き込みでも何の情報もつかめていない。じっと、一樹は押し黙っていた。こんな時、たいていは亜美が突拍子もないことを言い出して、壁を突破していけたのだが、今回だけは亜美にも良いアイデアはなさそうだった。二人は沈黙したまま、松本駅前に戻り、駅前のベンチでぼんやりと周囲を見ていた。
駅前にはコンビニがあった。そこから、レジ袋に入った弁当を持った買い物客が出て来る。
「ねえ、確か、水野裕也は弁当を二つ買ったって言ってたわよね?」
不意に、亜美が言った。
「ああ・・。」
「どうして、二つ買ったんでしょう?早朝から、一人で二つは食べないでしょう?最初は、神戸由紀子と待ち合わせのためだと考えていたけど、そうじゃなかった。じゃあ、いったい、誰と食べたのかしら?電車の中で、誰かと会っていたんじゃないかしら?」
「そうか・・駒ヶ根駅で落ち合うんじゃなくて、電車で落ち合う相手がいた。そいつのために弁当を買った・・。松下行きの電車か・・。」
一樹と亜美は、生方に連絡し、長野県警鉄道警察隊の協力を得られるよう手配して、松本駅の係員室へ向かった。

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