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水槽の女性-17 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

何口か、料理を口に運びながら、一樹が少し落ち着きを取り戻して、口を開いた。
「なあ、亜美。どう思う? この事件?」
「よく判らないわ。今までのところ、エメロードのママがやっていた秘密クラブが鍵の様に思うけど・・」
「ああ・・」
「でも、あんな残忍な殺し方と映像。核心にはほど遠いような感じがするわ。」
亜美も、大皿に盛られたフルーツを口にして言った。
「たしかに、裏社会の見せしめというには、手が込んでいて不自然だな。」
「ええ・・」
「見せしめなら、遺体を残した方がメッセージになる。遺体を完全に無くしたのなら、殺害の事実すべてを消すはずだからな。」
「それに、EXECUTIONERというサイトも気になるわ。処刑執行人だったっけ?」
「ああ・・神戸由紀子は重大な罪を犯し、そいつに処刑されたという事なんだろう。でも、その罪は、秘密クラブという事でも無さそうだな。なにかもっと・・」
「そうね、彼女が殺害された本当の理由はもっと別のところにあるわね。」
「ああ・・おそらく・・だが、それが何なのか・・。恨みを晴らしたという程度のものじゃない・・」
「もっと彼女の事を調べる必要がありそうね。」
「ああ、だが、剣崎さんは、安藤氏を調べるようにと指示したからな。」
一樹は立ち上がり、冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、外が見えるソファ席に移動した。
「自殺した安藤、その工場跡地で殺された神戸由紀子、秘密クラブ・・・」
一樹はぼんやりと外を眺めながら呟いた。
亜美も一樹と同じようにビールを手にして、ソファ席に移動すると、一樹の隣に座った。
「何か関連があるはず・・。」
亜美の言葉を聞いて、一樹がふと思いついた。
「これまでの捜査では、そういう関連性の中にヒントがあると考えてきたよな?」
「ええ、まあ、大抵はそうだけど?」
「だが、もしも、それらがまったく関連性がなく偶然だったとしたらどうだ?いや、この犯人が意図的に関連付けようとしてるとしたら・・。」
「何のために?」
「もっと単純な・・そう・・神戸由紀子を殺す事さえも衝動的な・・そう・・誰でも良かったとしたら・・。」
「快楽殺人・・ってこと?」
「ああ・・そうさ。変質者による猟奇的な殺人事件・・その標的になったのが神戸由紀子だった。偶然、そこには秘密クラブという闇があった。そして、殺害場所も、偶然に、その秘密クラブの客の持ち物だった・・。関連性に着目するからややこしくなっているだけなんじゃないかな・・。」
「そんな事あるかしら?」
「EXECUTIONERなんてもっともらしい名前だって・・敢えて混乱させるためだったのかもしれないじゃないか。」
「そうかしら?」
「いや・・そういう見方をした場合、何か見落としている事が見つかるんじゃないかって・・。」
一樹はそう言って、亜美を見た。
いつもと違う見方、まさに今、自分が、仕事のパートナーとは違う目で亜美を見ている。いつもなら、すぐ横に亜美がいても、それほど意識はしていない。
だが、今、ソファの横に居る亜美を、一人の女性として意識してしまっていた。
「じゃあ、例えば、神戸由紀子という女性の事はどうかしら?」
「老女殺害、逃亡、整形、秘密クラブ、覚せい剤、殺害というところだが。・・若い割には、随分と危ない道を歩いてきたことになる。」
「老女殺害の前はどこにいたのかしら?そして、なぜ、彼女は老女殺人事件を起こしたの?」
「流れ着いた先に、親切そうな老婆がいて、上手くだまして取り入って、世話になった。そのうちに、老婆の隠し金を見つけ、奪いとるために、殺害したという筋立てにはなるが・・。」
「ありがちな筋立てよね。きっと、老女殺害事件を扱った長野県警でも、きっとそういう筋読みで、神戸由紀子を指名手配したんでしょうね。でも、それが真実とは限らないんじゃない?」
「じゃあ、どんな筋立てになる?」
と、一樹が訊く。
「例えば・・そうね、神戸由紀子は、もともと、老女殺害が目的だった。何か、恨みを抱えていて、それを晴らすために殺した。」
「おいおい、それじゃあ、老女が何か悪に手を染めていたという事になるぞ?」
「そうじゃないって言い切るだけの情報はないわ。」
「確かに、田舎の一人暮らしの老女というだけでは、善人とは言えないだろうが、だからといって、殺されるほどの悪女というのも腑に落ちない。」
「例えば、その老女が誰かの秘密を握っていて、都合の悪い人間に消されたというのはどうかしら?」
「消されたって・・じゃあ、神戸由紀子は殺人を請け負ったというのか?じゃあ、なぜ、その後、名古屋で秘密クラブなんてものを作ったんだ?」
「それも何か、裏があるんじゃないかしら?」
「そうなると、神戸由紀子も、死刑執行人ということになるぞ。」
「そういう見方もできるっていうことよ。」
亜美は少し酔っているようだった。
「だが、彼女自身、殺されたんだ。死刑執行人という線は薄いように思うが。」
「そうね・・。指紋も大量に残っていたと言っていたから、殺人のプロでも無さそうだし、そういう筋立てには、無理があるわね。やっぱり、金銭目的の衝動的な殺人事件の線が・・濃い・・わね。」
「そうだな。しかし・。」
一樹は、そう言ったところで、亜美を見ると、目がとろんとして眠そうだった。
「・・もう、休もう・・。」
一樹は立ち上がり、飲みかけのビールを置いたまま、自分の部屋に戻って行った。

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