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9-8 異様 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

伊尾木は、ソファの横にあるパソコン画面に、絵画の画像が開かれているのに気付いた。
「これは・・解読できたようだな。」と言った。
「やはり、これはあなたの仕業なのね?」と剣崎。
「ああ、そうだ。生方という捜査員は素晴らしく頭が良い。」
「どうやったの?」と剣崎。
「彼の存在は以前から知っていた。そう、あのMM事件の時からな。彼は日本の中でも飛びぬけた才能を持っている。だから、彼の能力を使わせてもらった。」
「マニピュレートは体を乗っ取るだけじゃないの?」と剣崎。
「場合によるだろうな。矢澤君の時は、単純に体を使わせてもらった。取り立てて、優れた能力はないから・・言ってみれば、着ぐるみのようなものだ。」
「着ぐるみって・・」
一樹は腹立たしさを抑えきれずに言った。
「生方君の場合は、彼の意識自体に入り込んで、行動意識に働きかけた。剣崎さんのために、秘匿された情報を見つけようという彼の意識に、ヒントを与えながら、誘導する。F&F財団の存在や隠された情報に辿り着かせるには手間がかかった。」
「生方は今どうしているの?」と剣崎。
「彼は、自分が何をしたのか覚えていないだろう。もちろんF&F財団の事も、特別な能力の事も覚えていないはずだ。彼の意識を離れる前に、記憶も操作しておいたからな。何も知らず、新しい任務に就いているんだろう。」
伊尾木は事も無げに言った。
一番、皆が驚いていたのは、マリアが伊尾木に対して、まるで親子のように接している事だった。おじさんと呼び、車内では常に伊尾木の隣に座り、べったりとくっついているのだ。それを伊尾木は嬉しそうにしているのも妙だった。
マリアと伊尾木は初対面のはずだった。
「一つ伺ってもいいかしら。」
剣崎が、皆の疑問を代表するかのように訊いた。
「あなたとマリアちゃんはどういう関係なの?マリアちゃん?この人とは初めて会ったんでしょ?」
質問は、伊尾木とマリア両方にむけての内容だった。
「それだけは先に話しておこうか・・。」
伊尾木は、マリアの顔を見ながら、何かを確認するようにして答えた。
「マリアは、私の分身。彼女の特別な能力は私が与えたものだ。・・レイさんの能力はおそらくルイさんから引き継いだもの。同じようなものだ。」
「いや、レイさんの能力はルイさんの遺伝子を引き継いだからでしょう?マリアはあなたの肉親ということなの?」と剣崎が訊き返す。
「いや、違う。この能力は遺伝的なものではないのだ。その証拠は、剣崎さん、あなた自身だ。あなたのご両親にそういう能力はあったかな?」
「いえ・・」と剣崎。
家族には同じような能力を持つ者は居ない。だからこそ、剣崎は家族からも拒絶され、マーキュリー研究所へ実験台として送り込まれた。
「君の能力は、自分でうみだしたものだ。ルイさんも同様。レイさんの場合は、胎児の時、母から能力の一部が引き継がれたものだろう。この能力は、遺伝子的なレベルの話ではない。勿論、遺伝的形質が関与していないとも言えないが・・。おそらく、それも、ルイさんが解明している。やはり、全ては橋川に戻ってからにしよう。」
伊尾木はそう言うと、「少し眠りたい」と言って目を閉じた。マリアも、伊尾木に体を預けるようにして目を閉じ眠った。
二人が眠ったのを見て、剣崎は亜美や一樹、レイに目配せをして、隣室へ移った。
「気になることは沢山あると思うけど・・」
剣崎が声を潜めて切り出した。
「マリアと伊尾木の関係か?」と一樹。
「ええ、まるで親子のよう。あれほど親密なのは少し異常に見えるわ。」と亜美。
「彼女、私と居た時も、玲子さんとも、すぐに打ち解けていた。元来、そういう性格なのかもしれないけど、ちょっと変ね。」とレイ。
「伊尾木は彼女の事を分身と言っていたでしょ?能力を持っていることと関係があるのかもしれないわね。ルイさんとレイさんのことも話に出していたから・・。」と剣崎。
「おそらく、母がその秘密を知っているのかもしれません。橋川に戻ったら判るでしょう。」
レイが言うと、一つの疑問の話題が終わった。
「私が気になるのは、マリアはおじさんを助けなくちゃと言った事。どうしてかしら?」と亜美。
「容疑者として捕まっているということじゃないのか?」と一樹。
「それだけなのかしら?」と亜美が一樹に訊き返す。
「どういうことなんだ?」と今度は一樹が亜美に訊き返した。
「私たちの前に現れた時は、一樹の体を使っていた。でも、あの・・光る物体になっても、思念波を使っていたでしょ?体から思念波だけが離れて存在しているということになる。そんなことあり得るのかしら?」
亜美が冷静に分析したように言う。
「そんなことあり得るかどうかというより、実際、目の前で見たんだろ?」と一樹が言う。
「レイさんはどう思う?」
二人のやり取りを聞いていた剣崎が、レイに訊ねた。
「考えられないことでした。頭の中・・いわゆる脳波の様なものだと考えています。あくまで、脳が生み出すものだと。思念波だけが存在することは、到底想像できない。でも、現実に彼の思念波は光る物体になって存在していて、空中に浮かんだり、マリアちゃんの体の中に入り込んだりしていた。何か、私の思う思念波とは別のものではないかと思うんです。」
レイが答える。
「体から遊離して、念だけが存在って・・それが生霊みたいだな。」
一樹が言うと、剣崎とレイは顔を見合わせた。
「そう・・そういうことかも知れないわ。」
剣崎が口を開く。
「おいおい、伊尾木は生霊だっていうのか?そんなの作り話の世界だけだろ。」
と、生霊に例えた、一樹自身が驚いている。
「魂って言葉がある。人の生命の根源。勿論、生物学的に言えば心臓の鼓動が停止すれば死ということになる。でも、そもそも、生きているという概念は、それだけじゃない。人は死ぬと魂が体から離れ、霊となる。西洋も東洋も同じ死生観がある。もし、それが本当に存在しているとしたら、私たちが見た、あの光る物体は、霊、魂そのものだったのかもしれない。」
剣崎が解説するかのように言った。
「それなら、病院に居た伊尾木は、仮死状態だったということか?」と一樹。
「だから、マリアちゃんは助けなくちゃと言った。早くしないと、体が死んでしまうということじゃないかしら。」
亜美が付け加える。
「うーむ・・。」
一樹は納得できない反応だった。そこに、亜美のスマホが鳴った。
「ごめんなさい・・。」と言って、亜美が電話に出た。滋賀県警からの連絡だった。
電話を切って、亜美が悩んだような表情を見せながら言った。
「例の、物置小屋で見つかった遺体のことだったんだけど・・遺伝子検査の結果、磯村氏ではなかったようなの。今、身元を捜査しているようなんだけど・・。それと、死因はやはり餓死。たが、末期の癌だった形跡があるようなの。」
「磯村氏でないのなら、伊尾木・・ということか?」と一樹。
「ちょっと待って。伊尾木が磯村氏を殺害してすり替わったって・・でも、そうじゃなかった。すり替わったわけじゃなく・・。」
と、一樹が途中まで口にしたが留まった。
「伊尾木は、死が迫っている自分の体を捨てて、磯村氏の体に乗り移ったということかしら。」
剣崎が続きを口にした。
「やはり、伊尾木は魂だけで存在するということですね。」とレイが言った。

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