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9-4 悪魔の子 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

レイとマリアは、朝食を済ませた後、海岸に散歩に出かけた。
少し風が強く吹いている。先日見た海とは様相が違っていて、大きな波が海岸に打ち寄せていた。
そんな中、何人かのサーファーが連れだって、ボードに乗って、沖へ出ようとしている。
レイとマリアは、海岸の石段に座ってぼんやりとその光景を見ていた。
サーファーたちは時折やってくるビッグウェーブに盛んにアタックしていた。
だが、皆、敢え無く、途中で波に飲み込まれてしまうか、乗り切れずに落ちてしまう。それを何度も何度も繰り返していた。
暫くすると、疲れてしまった数人が砂浜へ戻って来た。
沖に残っているのは二人だけのようだった。そこに、大きな波がやって来た。
砂浜に引き上げて来たサーファーたちは立ち上がり、盛んに指さして合図を送っている。
「良い波が来る!」
沖にいた二人も気づいた様子だった。
少しガタイのいい男性サーファーが先にアタックする。
今までとはケタ違いに大きな波だった。寄せて来る波の大きさは、その前の引き波の強さで実感する。波に乗ろうと近づくと、予想もしないほど強い力に引き寄せられていく。
余りのスピードに、ボードに立とうとするが、とても対応しきれず、バランスを崩して敢え無く波に飲み込まれた。
次に、女性らしいサーファーが横から波に向かった。スムーズに引き波に寄せられていく。そして、ウェーブのトップで彼女はボードに立った。彼女は、器用に何度か反転し波を下り、チューブの中へ向かう。皆、固唾をのんで見守っていた。
上手く滑り込んだように見えたが、その途端、波が一気に崩れ始めた。彼女を容赦なく飲み込んでいく。その勢いのまま、波は通り過ぎ、砂浜に押し寄せた。ビッグウェーブが鳥居過ぎた後には、ボードだけが漂っていた。
「いけない!」
急に、レイが立ち上がる。
彼女が波に飲み込まれ、海中深く引きずり込まれたと直感したのだ。
近くにいた男性のサーファーも周囲を見回し、彼女の姿を探しているようだった。だが、見つけられない。砂浜に居たサーファーたちもすぐに異変に気付いて、ボードを抱えて海へ出る。
「どうしたの?」
隣に座っていたマリアがレイに訊いた。
「さっきのサーファーが溺れたの。このままだと死んじゃう。」
レイは、マリアに説明しながらも、成り行きに気が気ではない。
マリアはじっと海を見つめている。
波に消えたサーファーの居場所を探している。
「いる。あそこにいる。」
マリアは、そう言って指さした。
皆が探しているところとは見当違いの場所だった。
「私が助けるわ。」
マリアはそう言うと、すっと目を閉じる。
レイには、それがどういうことかすぐに判らなかった。
おそらく、普通の人には見えないがレイには見えた。
マリアの体から、糸のような思念波が先ほど指さした方角に向かって一気に伸びていく。そして、その糸は海中に入る。その後、サーファーが内から吐き出されるような勢いで、海面に浮きあがってきたのだった。そして、そのまま、思念波の糸が彼女の体を包み込み、砂浜まで引き上げて来た。
仲間のサーファーたちは、まだ、先ほど見失ったあたりに居た。
「あそこ!あそこにいるわ!」
レイは、大声でサーファーたちにに呼びかける。だが、波が強くて声が届かない。
「心配ないわ。」
マリアは落ち着いた声でそういうと、思念波の糸を、仲間のサーファーの一人に向けて放つ。
糸の先端がサーファーに届くと、そのサーファーは、急に、ボードに乗って、引き上げられた彼女のもとへ向かっていく。そして、彼女のもとへ着くと、マリアは思念波の糸を解いた。
続いて、仲間たちもやって来た。皆が彼女の周りに立っている。
その中の一人が、何度か体を揺らしていると、彼女がゆっくりと体を起こした。
「無事だったみたいね。」
マリアは、何の衒いもなくそう言った。
「今のが・・マニピュレート・・なの?」
レイが訊く。
「知らない。でも、私が思うと、目の前の人が思いを叶えてくれるの。」
マリアは、無邪気に答えた。
まだ自分の本当の能力を理解していないのだった。
他人との関わりが極端に少ない環境で育ち、様々な実験を受けさせられ、なにが起きているのか理解せずに成長したのだろう。事の善悪さえも認識できていないかもしれない。
レイは何と言ってそのことを教えればよいのか判らなかった。ただ、マリアが、無邪気に能力を使う事は著しく危険だということを教えなくてはいけない。
「マリアちゃん、あなたには特別な力があるの。今は、あの人を助ける事ができたから、すごく良い事をしたことになるけど、無暗に使ってはいけないのよ。」
レイの言葉を、マリアは充分に納得できていない。
「どうして?・・やっぱり、私は悪魔の子なの?」
「悪魔の子?」
「あそこで、皆そう言っていた。私に近づくと殺されるって。だから、私はいつも一人だった。」
マーキュリー学園の隔離棟に収容された時に、研究員たちが言っていた事なのだろう。
レイにも、そういう経験があった。小学生の頃、帰り道で大きな思念波の光を見つけた。それは何とも悲しそうで苦しそうな色をしているように見えた。そこにきっと苦しんでいる人が居る。小学生のレイはそう思うと、脇道に逸れて向かった。そこには、乱暴されている女性がいた。突然、頭の中で何かがはじけたように感じた。すると、目の前で暴力をふるっている男性が血を流して転がった。その一部始終を、一緒に帰宅していた友達に見られた。
『レイちゃんは悪魔みたいだった。』
何気ない友達の一言が、学校中に広がり、レイは悪魔、デビルと言われるようになり、皆から距離を置かれたのだった。その日以来、レイはそういう能力を封印してきた。唯一、シンクロ能力だけは自分ではコントロールできずにいた。だが、その能力のおかげで、一樹や亜美という理解者を得て、母を救い出す事ができた。マリアにも、理解者が必要だった。だが、今はまだその段階にない。
「いいえ、あなたは悪魔の子なんかじゃないわ。玲子さんはあなたが来てくれてとても幸せだって言ってたでしょ?私もマリアちゃんと居て幸せよ。」
「でも・・。悪魔の子だから・・追われているんでしょ?」
マリアは自分が置かれている立場をわかっていた。
「悪魔の子だから、追われているんじゃないわ。」
「なら、どうして、捕まったの?」
「あなたの特別な力を悪いことに使おうと考えている大人がいるの。その人たちがあなたを捕まえようとしているのよ。あなたは悪くないのよ。」
レイは今追ってきている相手が、何者か、はっきりと判っているわけではなかった。
マリアを拉致しようとしたケヴィンは、F&F財団に虐げられたサイキックを解放すると言っていた。だが、それが真意とは到底思えなかった。
それに、樹海を逃げていた時感じたサイキックの思念波は、ケヴィンのものとは違っていた。別のサイキックが追ってきていると考えていた。
いずれにしても、マリアを捕まえたいと願う者達は、彼女を自由にすることはないとはっきりわかっていた。
「あなたが、その力を使わないこと。そうすれば、きっと、誰もあなたを悪魔の子なんて呼ばないし、悪い大人に追われることはないのよ。」
これが、レイがマリアに、唯一伝えられる事だった。

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