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9-5 追跡 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

紀藤署長から県警への要請で、ようやく、警官が山下邸に到着した。
「あの、こちらに、新道レイさんがいらっしゃるでしょうか?」
真面目そうな警官は、少し事務的で切迫感を感じさせない質問をした。
応対した山下玲子は、いきなり、レイの名前を出されたことに驚き、すぐに信用できるとは思えなかった。
レイは、身を隠すためにここに来たはず。そう、あっさりと返答できない。
「新道レイさん?」
玲子は、少しとぼけた返答をした。
「橋川署の紀藤署長から伝言を預かっているんですが・・。」
訪ねてきた警官も、戸惑いの表情を浮かべている。
要件の内容詳細までは訊かされていないに違いない。とにかく、新道レイの居場所を明らかにして、危険が迫っていることを伝えるという単純なメッセンジャーの役割に、割り切れない気持ちをのぞかせた。
「少し、お待ちください。」
玲子は、警官を玄関で待たせたまま、奥に入ると、受話器を手にして考えた。誰に何を確認すれば良いのか。正しい答えを知るにはどうすれば良いか。
「そうだわ・・。」
玲子は、橋川に居るはずの、ルイに電話を掛けた。
「ルイさん、私、玲子です。」
山下玲子は、レイと共に母ルイとも懇意にしていて、幾度か、ここにも招待したことがあった。玲子は、ルイに警官が訪ねてきた事を話すと、すぐに紀藤署長が電話を代わった。
「間に合ったか。」
そう言うと、紀藤署長は、一連の出来事をありのままに伝えた。
「どこまで信じてもらえるかは判らないが、今、レイとマリアさんは途轍もなく恐ろしい相手に狙われているんです。そして、そいつが今、そちらに向かっている。一刻も早く、そこを離れるように伝えてください。」
玲子は、レイが突然訪ねて来た理由がようやく分かり、納得した。
荒唐無稽な内容なのだが、玲子はありのままに受け止めたようだった。そして、カーテン越しに外の様子を見た。どんな悪人が近づいているのか全く想像できないが、それでも、不穏な空気を感じる事ができるのではないか、そんな気持ちだった。
電話を切ると、玄関に戻り、警官には、紀藤署長と電話で話して事情は全て聞いたと答えた。
警官は、何か理解できないという表情を浮かべていたが、一応、要件を済ませた事を確認すると、すぐに立ち去った。
「どうしよう・・レイさんに知らせなくちゃ・・。確か、浜に行ったはず・・。」
玲子は家を出ると、海岸が見下ろせる場所に向かった。
長い砂浜が続いている。あちこちにサーファーの姿らしきものが見える。
玲子は目を凝らして、レイとマリアの姿を探したが、間近なところには見つからなかった。
「とにかく、ここから逃げさせなくちゃ・・。」
玲子はそう言うと、自家用車を出して海岸へ向かった。海岸に出るには、急な段差を降りる舗道か、通りを一旦、港まで出て大きく迂回しなければならない。車で向かうなら、う回路になる。
玲子は、周囲を確認しながら、一旦港へ出た。そこから、迂回して、海岸通りを進む。
港の前を通った時、1台の車が少し離れて玲子を追うように走っていく。
海岸通りを少し走ると、砂浜に座るレイとマリアの姿があった。
玲子は車を停めると、二人に手を振った。
マリアが先に気付いて、手を振り返してくる。
「逃げて!」
玲子は、この限りに叫んだが、波の音でかき消されてしまう。
「レイさん、玲子さんが。」
マリアは、手を振った後、レイに言った。
レイも立ち上がり、玲子を見る。
「何かおっしゃってるようだけど、聞き取れないわ。」
そう言うと、レイは思念波で玲子とシンクロする。玲子には気づかれていない。
「マリアちゃん・・逃げなくちゃ・・。見つかったようだわ。悪い奴が追ってきてる。」
レイは、マリアの手を取って、玲子の車へ走り出す。
「良かった・・判ってくれたのね・・・。二人の居場所がばれたって・・矢澤という刑事さんが二人を追ってきている様なの・・うまく言えないけど、その・・矢澤という刑事は伊尾木という人に操られているって・・あなたたちの命が危ないからって、紀藤署長が連絡をくれたわ。」
玲子は、レイたちに端的に説明した。
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけしました。」
「そんなこと、言わないでよ。レイさんの母親、マリアちゃんのばあばのつもりでいるんだから。家族が命を狙われているなら、親として、母として命を賭けて守るのが当然でしょ。さあ、この車を使って、遠くへ逃げるのよ。」
玲子は、そういうと、レイとマリアを車に乗せた。
「できるだけ遠くへ・・良いわね。」
レイは玲子に深く頭を下げてから、アクセルを踏んだ。
砂が打ちあがっている路面を少しスリップ気味に発進する。レイは、どこへ向かえばよいか、まるで頭に浮かばない。ただ、あの場所に留まるのは最も危険だと判っていた。
海岸沿いの道路をほんの数分走ったところで、バックミラーに1台の黒い車が映った。
「まさか・・もう?」
レイはバックミラーを凝視する。追ってくる車の運転席の姿が確認できた。
「一樹・・」
レイは、一樹に思念波を送る。
本当に、伊尾木という男に操られているのか自分で確認したかったからだった。一樹からは、異様な思念波が返ってくる。今まで感じた事の無い、途轍もなく強い思念波だった。ケヴィンの思念波とは比べ物にならないほど、それは強く、複雑な色が混ざり合い、「混沌」という言葉が似合うものだと感じていた。
徐々に迫ってくる。もはや逃げ切れるとは思えなかったが、それでもレイはスピードを上げた。
『逃げても無駄だ。』
急に、一樹から強い思念波が発せられた。レイの頭の中に強い衝撃が走る。
その衝撃で、レイはハンドル操作を誤り、路面に転がっていた岩に乗り上げ、弾んだ。そのとたん、車はコントロールを失って、路側帯にぶつかって止まった。
かなりのスピードだったために、ぶつかった時の衝撃は大きく、車は大破して動かなくなった。
「マリアちゃん、大丈夫?」
そう言ったレイは額をどこかにぶつけたのか、出血していた。
マリアは咄嗟に身を固め防御したようで、無傷だった。
ゆっくりと、一樹の車が近づいてきて、止まった。
ドアが開き、一樹が降りて来る。
一歩二歩、二人の車に近づいてくる。
レイは、ずっと、一樹から異様な思念波を感じていた。自分自身、強い思念波を発する事で、その思念波を排除しようとしている。それでも徐々に飲み込まれていくような感覚があった。
レイは、車から降りて、マリアとともに車の陰に身を隠し、傍に居るマリアを強く抱きしめ守ろうとした。
マリアは、レイから強い恐怖と不安の思念波を感じ取った。
「大丈夫よ、きっと私が守るから。」
レイの声は震えている。
一樹から感じる異様な思念波。相手は恐ろしいほど強力な能力を持ったサイキックに間違いない。勝てる相手とは思えなかった。
レイの腕に抱かれたマリアは、そっと目を閉じ、本能的に能力を使った。
自分を抱き締めて守ろうとしているレイと自分自身を守るため、強力な思念波のバリアを作った。レイはふっと今までのみ込まれそうな強い思念波から解放された。マリアの思念波は、あの強烈な思念波を弾き飛ばすほどのエネルギーを持っていた。
近づいてくる一樹は、表情一つ変えず、それを見ていた。

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