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9-3 内なる敵 [マニピュレーター(シンクロ:同調)]

橋川署にいた亜美のもとに、安川がやって来た。
「紀藤さん、レイさんの居場所の事ですが・・ここじゃないかと思うんです。」
安川はそう言うと、メモを開いて見せた。
「ここは?」と亜美が訊く。
「以前、院長が最期を看取った患者の方で、特に、懇意にされていた方です。社会貢献に強く関心を示され、亡くなったあとも多額な寄付をいただきました。確か、今、ご夫人がお一人でお住まいになっているはずです。頼られるとしたら、ここが一番かと思います。」
亜美はメモを見ながら考えた。
ここに居るのはほぼ間違いないだろう。だが、自分たちが動くことで伊尾木にも知られてしまうかもしれない。どうしたものかと悩んだ。
「それから・・今日、メールが既読になりました。先日のメールに返信をしておいたんです。おそらく、レイさんに新たな敵についても伝わったはずです。」
「ありがとう。」
亜美はそう言うと、安川と別れ、トレーラーへ向かった。
トレーラーには、剣崎とカルロス、アントニオがいた。一樹はまだ現れていなかった。
「剣崎さん、ご相談があるんですが・・。」
亜美は、先ほど安川が持ってきたメモを剣崎に見せた。
「そう・・ここかも知れないと・・あなたの判断は正解よ。今、動けばきっと伊尾木に知られる。」
剣崎はそのメモを亜美に返した。
「私からも一つ良いかしら。」
「なんでしょう?」
「矢澤刑事の事なんだけど・・ちょっと変じゃなかった?」と剣崎が言うと
「ええ・・何だか、ちょっと変でした。何か、別の人みたいで・・、」
「やっぱりそうなのね。長く一緒にいるあなたの方が判るかと思って・・。」
「ええ、でも、確かに彼は一樹です。変装とかそういうんじゃないと思うんですが、人格が違うというか、何かに操られているような感じです。」
亜美がそこまで言って、ハッと気づいた。
「マニピュレート・・でしょうか?」と亜美が剣崎に訊く。
「そうかも知れないわね。どこかで彼は伊尾木と接触した。そして、マニピュレートされている。」
「そうだとしたら・・。」と亜美が言った時、トレーラーのドアがノックされた。
「どうぞ。」
剣崎が返事をすると、ドアが開き、一樹が入って来た。本来の一樹なら、ノックなどしない。我が家に入るように、勝手にドアを開けて入ってくるはずだった。
剣崎と亜美が視線をかわして頷く。
「何か進展は?」
一樹は入るなり、訊いた。
「いや、今のところ、新しい情報はないわ。」
剣崎が答えた。一樹は不機嫌な表情でソファに座った。そこはいつも剣崎が座る場所だった。
暫く沈黙が続き、「これから・・・」と亜美が口を開いたとき、亜美の携帯が鳴った。
「誰かしら?」
亜美はそう言って電話に出る。相手は滋賀県警察だった。
「磯村氏の死因は餓死。やはり、閉じ込められた事が原因だって。ただ、あの小屋にかけられた鍵を調べて不思議な事が見つかったみたいよ。」
亜美はわざと一樹に向かって挑戦的な口調で伝えた。
「そんな事件、もうどうでも良いだろう。」
一樹は、敢えて無視するような口ぶりで答える。
「不思議なこととは?」剣崎が質問する。
「古い南京錠で指紋の採取は難しいと思われていたのだけど、何とか一人分の指紋が採取されたらしいの。」
亜美は、一樹の表情を読みながらゆっくりと伝える。
「やはり伊尾木の指紋が出たのね。」
剣崎が言うと、一樹の表情が一瞬強張り、すぐににやけた表情に変わった。
「いえ、出た指紋は、隣の女性でした。畑で話を聴いた老婆なんです。かなりのご高齢で、磯村氏と伊尾木が入れ替わった頃としても、その老婆がそんなことできるはずはないんです。」
「単に、鍵を触っただけということも?」
「いえ・・それが、鍵に付着していた指紋は、磯村氏の遺体周辺にもあって、状況からあの老婆が磯村氏を倉庫に運んで鍵を掛けたという見立てなんです。でも、あの老婆にはその時の記憶はなくて、身に覚えがないと供述しているようなんです。」
亜美は、一樹がどう反応するか、表情を確かめながら報告した。だが、一樹の表情は全く変化がない。というより、既に知っているというふうだった。
「おそらく、警察は状況からその老婆を監禁罪で逮捕するでしょうね。矢澤刑事はどう思う?」
剣崎も一樹の表情を確かめながら訊いた。
「誰かに脅されたか、磯村氏に依頼されたか・・餓死したというなら、覚悟のうえで自死したということも考えられる。まあ、そんな事件、どうでもいいんじゃないですか?それより、レイとマリアの行方を捜す事が優先でしょう。何か手掛かりになるものは出ていないんですか?」
一樹はあっさりと答え、話題を代えた。
「今のところは・何も・。」
亜美が少しくぐもった声で答えた。
「病院関係者に当たってみましょう。レイさんが身を寄せる場所はそれほど多くないはずです。きっと、見つかるでしょう。」
一樹はそう言うとすっと立ち上がり、トレーラーから出て行った。
「一樹!」
亜美も慌てて一樹の後を追う。安川に接触すれば、すぐに判ってしまう。そうならないよう注意してきた事が無駄になる。
トレーラーを降りたところに、一樹が待っていた。
「どうしたの?」
亜美が訊くと同時に、一樹が亜美の口をふさぐ。そして、そのまま、乗用車の傍まで連れて行く。
「無駄なことを・・。」
一樹が、亜美の額に手を当てる。亜美の頭の中に、得体のしれない思念波が入り込んでくる。亜美は自分の思念波で無意識に抵抗する。
「ほう・・お前も思念波が使えるのか?・・だが、無駄だ。」
一樹はそう言うと、さらに強い思念波で、亜美の意識を包み込んでいく。
「そうか・・そこにいるのか・・。」
一樹はそう言うと、亜美をその場に残して、乗用車に乗り込んで走り出した。
何か嫌な予感がした剣崎が、トレーラーから降りてくると、亜美が倒れているのを見つけた。
「亜美さん!しっかりして!」
亜美がうっすらと目を開ける。
「一樹は・・伊尾木に操られて・・・います・・・レイさんの居場所を知られました・・。」
とぎれとぎれに何とか事の次第を伝えた。
「カルロス!」
剣崎が強い口調でカルロスを呼ぶ。カルロスがトレーラーから飛び出してきて、亜美を中に運び込んだ。
「アントニオ、すぐに、御前崎に向かって!急いで!」
トレーラーが動き始める。
一樹の乗った乗用車は既にはるか先を走っている。おそらく、追いつくのは難しいだろう。
剣崎は、一樹を追いながら、紀藤署長に連絡を入れた。そして、レイの居場所を伝え、レイにそこから逃げるよう、何とか連絡を取るよう依頼した。紀藤署長は、静岡県警に連絡し、御前崎署から警官を派遣するよう依頼した。
「一刻を争う。事情はまた報告する。まずは、新道レイという女性を見つけてもらいたい。そして、すぐに保護してもらいたい。これには、三人の女性の命が掛かっている。」

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