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火葬の女性-5 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「前之園美佳の事をご存じなんですか?」
店員の言葉に、亜美が反応してしまった。店内にはほかに客がいなかったために、店員が皆、レジの周りに集まってきた。もはや、秘密裏に話を聞くことなどできそうになかった。
亜美が反応したのをきっかけに、店員が話し始めた。店員の名は、吉田栄子。
「ああ、よく知ってる。私は、あそこの事務員だったんだ。先代、いや先々代の社長には可愛がってもらったんだが、息子があの美佳って女と結婚してから、おかしくなった。容姿は良いが、心が無い。人を人と思わないところがあったよ。」
「じゃあ、倒産の時にはあそこにいらしたんですか?」と、亜美。
「まさか、息子が社長になってすぐ首になったのさ。ほとんどの社員は解雇されたよ。会社はどうなるのかって心配したんだが、すぐに何処からか職人や事務員が来たようだよ。そしたら、息子が亡くなって・・。疫病神だったんだよ、あの女。」
好田栄子の話に続いて、少し若く見える店員が口を挟む。
「この街では皆知ってる話さ。だが、下手に口を開くと、仕事が無くなるって言われててね。実際、あそこの工場に居た職人や事務印は、殆んどこの街には残っていないさ。・・ああ、この人は別格なんだよ。」
「別格って?」と亜美。すっかり、店員たちの中に入ってしまっている。
「こら、それは言っちゃダメだ。」
別の店員が急に声を荒げて制止した。
「どういうことです?」
今度は一樹が強い口調で訊いた。
「あんたらには関係ない事さ!」
吉田栄子は、急にそっぽを向いた。
「殺人事件なんですよ。さっき、あなたは殺されて当然、自業自得だって言ってましたね。ひょっとして、あなたが殺したってことも・・。」
一樹は、突拍子もない事を口にして、吉田栄子に迫る。
「馬鹿言うんじゃないよ。なんで、私が美佳を殺すんだよ。」
突然、その店員が『美佳』と呼んだのを亜美は聞き逃さなかった。
「美佳って・・もしかして、美佳さんの身内ってことですか?」
亜美に問われて、吉田栄子は、観念したような口調で話し始めた。
「いや・・そうじゃない。美佳は、私の古い友人の娘だ。仕事を世話してほしいって頼まれて、前之園陶業の先代の社長に頼んで雇ってもらった。素直な良い娘だったから、先代の社長は気に入って、息子の嫁にっていう話になったんだが・・。ちょうどそのころ、体調を崩してしまって、一度実家へ戻った。三か月ほどで戻ってきたんだけどね・・何だか急に人が変わったみたいになっていて。まあ、それでも、息子がひとめぼれだったようで、結婚した。それからすぐに、先代の社長が亡くなって・・後は、あんたらの知ってるとおりさ。」
「あの、もう一つ、お聞きしたいことが・・その、前之園美佳さんは、ある政治家の後援者だったようなんですが、何かご存じありませんか?」
一樹が慎重に尋ねた。
「政治家の後援者?そんな余裕はなかったはずだがねえ・・・。」
覚王寺善明との繋がりについては、吉田栄子は知らない様子だった。
「先ほど、陶業協会事務所で、前之園陶業は相当資金繰りが厳しくて1年くらいで倒産すると思われていたのに、随分、頑張ったと、伺ったんですが・・資金の出所なんてご存じありませんよね?」
今後は亜美が訊いてみた。
「ああ、お金の事かい?おそらく、それなら、MMコーポレーションって会社が出したんじゃないかねえ?私らが辞めた後、MMコーポレーションから職人や事務員が送り込まれてきていたからさ。前之園陶業は、事実上、MMコーポレーションの子会社みたいなもんだったはずだよ。」
MMコーポレーションという名が突然飛び出してきた。一樹と亜美は顔を見合わせて驚いた。
「あの・・MMコーポレーションという会社については何か・・。」
と、遠慮がちに、亜美が訊く。
「あいつらは、まっとうな会社じゃないだろうね。美佳が社長になってすぐだったか、黒塗りの高級車が何台か、前之園陶業に入るのを見た人がいたんだ。黒服の男達が何人か、会社に入って行ったって・・。」
MMコーポレーションの正確な情報を持っているわけではなさそうだった。
そこまで話していた時、奥から、土産物店の店主が顔を見せた。
「おいおい、店先で何の話だ。仕事はどうなっている!」
店主は、一樹と亜美を睨み付けている。奥の部屋で、これまでの会話を聞いていた様子だった。追い返されるのかと構えていると、その主人が小さく手招きし、一樹と亜美を奥の部屋へ通した。
奥の部屋は店主の事務室だった。机の上には書類の束が乱雑に積み上げられている。一樹と亜美は、机の前の古いソファを勧められ座った。
「警察の方に、是非、お話したいことがあったんです。」
店主は、店員への態度とは裏腹に、一樹たちに丁寧な口調で話し始めた。何か重要な秘密を長く抱えていたようだった。
「私から聞いたとは、絶対秘密で、お願いします。」
店主は念を押してから、話し始めた。
「私は、町の猟友会のメンバーで、猪の捕獲活動をしています。覚王寺さんの御屋敷の裏山辺りも何度か猟に行きました。大きな館の裏手の庭で、人が埋められているのを見たんです。いや、正確に言うと、ちょうど人ひとり埋められるような穴が幾つか掘られていて、白い布袋をその穴に埋めているところを見たんです。ただ、あの布袋・・大きさや形から遺体が入っていたんじゃないかって思うんです。君が悪くて・・でも、覚王寺さんは地元にも貢献してくださっている代議士さんですから、おかしな噂にならないよう、ずっと黙っていたんです。」
一樹が亜美の顔をちらりと見た。
「それはいつ頃の事ですか?」と、亜美が訊いた。
「前之園陶業の社長も、猟友会のメンバーで一緒にいたから、亡くなる前・・ああ、そうだ、息子が嫁を貰う事になったと喜んで話していたから、もう15年近く前の事です。」
15年前ともなれば、今回の事件との関連は低いのではと思えた。一樹は、その店主から、死体が埋まっていると思われる場所の地図を書いてもらい、一旦、トレーラーに戻ることにした。

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