SSブログ

囮の女性-6 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「ここで、安西につながるとは思わなかったな。」
一樹は、事件の核心に一つ近づいたような気がしていた。
「剣崎さんに報告は?」
と亜美が訊く。
「いや、まだ、止めておこう。前から気になっていたんだが、EXCUTIONERは、俺たちの動きを知っているみたいだ。剣崎さんに知らせると、安西も姿を消すかもしれない。」
「外部に情報が漏れてる?・・そんな、みんな、剣崎さんが集めた精鋭だって言ってたんだから、そんなことないでしょう?」
「内部から漏れてるとは限らない。外部から不正アクセスされてることだって考えられる。とにかく、このまま、安西のところへ向かうぞ。」
一樹は、足を速めた。
自分たちの動きもすでに知られているかもしれない。一刻も早く動かなければならない。一樹はそう考えていた。
安西歯科医は、夕刻からが診療時間だった。夜の仕事をする女性たちを相手にしているからだった。雑居ビルの中に入る。以前と同じように、受付の前の長椅子に、女性が一人座っていた。明らかに、夜の仕事をしている女性と判る。
診察室の中から、声がして、その女性が入って行った。ほんの10分ほどで女性が出てきて、薬を受け取り、帰って行った。待合室には誰も居なくなった。
「安西さん、久しぶりです。」
一樹が、受付の小窓から覗き込むようにして声を掛けた。だが、診察室には、人影がない。つい先ほど、薬を処方したはず。逃げられたか?そう思って、一樹が診察室のドアを勢いよく開ける。
「おいおい、乱暴にするなよ。壊したら弁償してもらうぞ!」
安西医師は、奥のトイレから出てきたところだった。
「おや、刑事さん。どうした、また、何か訊きたい事でも?」
安西医師は、そう言うと、受付の前の椅子に座る。
「伊藤ナディアを知っているだろ?」
一樹は、安西の余裕の表情に、少し苛立った様子で訊いた。
「ああ、ナディアは知っているが・・。」
「今、海上保安庁に留置されている。ある事件にかかわった疑いで。」
「そうか・・昔からやんちゃだったからな。どうせ、金目当てに悪事に加担したんだろう。少し、お灸を据えてやった方がいい。」
安西は、あくまで自分は関係ないという素振りだった。
「ナディアは、ある女性に仕事を頼まれたと供述している。心当たりは?」
一樹はやや高圧的に、安西に質問した。
安西は、ポケットから煙草を取り出して火をつけた。
診察室の中に、煙が漂う。
「ここに来るのは、訳アリの女たちばかりだ。怪しい奴ばかりさ。心当たりといわれてもなあ。」
安西は、大きく煙を吐き出して、文字通り、煙に捲くように答えをはぐらかした。
「信楽の事件のことは知っているでしょう?」
一樹が、質問を変える。
「ああ、あれだけの事件だ、ほぼ一日中、ニュースで取り上げられていたんだ。知らない者などいないだろうな。」
「ことの発端は、神戸由紀子の殺害事件でした。あなたが知ってることを話してくれませんか。」
一樹が、やや声を和らげて言う。
「サチ・・か。可哀そうな娘だったな。」
安西は、小さく呟くと、タバコの火を消した。そして、診察室の奥の部屋へ入り、何かを探しているようだった。
「ほら、これ。」
安西は、そう言うと、カルテの束を一樹に渡した。
「これは?」
「ここで歯を治療してやった女達だ。」
一樹は、何枚かに目を通す。普通のカルテに紛れるようにして、幾つかのクリップで留められた厚いカルテがある。
それには、女達の顔立ち、身長、体重、体型、髪の色など細かく記されている。そして、どれも、全て、プリンターで印刷されたものだった。その上に、安西が付け足した文字が並んでいる。
「たくさんの女を治療した。だが、中に不自然な歯型の女がいた。明らかに、整形の跡があった。矯正程度じゃない。まるで、別人に仕立てているような感じだった。だから、気になって、そういう女のものを記録しておいたんだ。」
「別人?」
と、亜美が訊く。
「ああ、歯型は容易には変わらない。だから、身元不明者は歯形で特定するだろ?それを意図的に変えている。それも相当巧妙に。ある程度大きい設備の病院でないと出来ない様な手術さ。」
安西にそう言われて、一樹は、その中に片淵亜里沙の名を探す。いずれもきっと本名などではないだろう。予想通り、それと思えるような人物の名はなかった。
「どこの病院か、までは?」
一樹が訊く。
「それは無理だ。足が着くようなことはしないだろう。病院とは限らない。相当、資産のある奴が組織的にやってるとすれば、どこかの病院を買収することだってあるだろう。・・まあ、それを調べるのは警察だろう。」
安西は、以前に一樹たちがここへ来た時と同じような答え方をした。
「いずれにしても、訳アリな女達を別人に仕立てて、なにをしていたのか、まともな事じゃないだろう?サチが殺されたように、きっと、このカルテの女たちは、皆、可哀そうな生き方をしてるに違いないさ。」
半ばあきらめたような表情を浮かべて、安西は言った。
「どうして警察に・・・。」
と、亜美が口にしかけたところで、安西が小さく微笑んで言った。
「警察が、この町の彼女たちを、守ってくれるっていうのかい?・・お嬢さんは、きっと何不自由なく育ったんだねえ。・・ここは、そんな世界じゃない。・・ここに来る女達を知ってるだろ?」

nice!(7)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー