SSブログ

囮の女性-2 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「気付かれたって・・どうするの?」と、亜美が言った。
橋をくぐって、沖へ出ると、アントニオは船を停止させた。
小型モーターボートは、クルーザーが通り過ぎたのを確認すると、漁港から出て、浜名湖大橋をくぐって、真っすぐ沖へ向かった。
「沖あいには、これといった島はないはずだが・・。」
一樹は小型モーターボートの動きをGPSで確認しながら呟く。
「あのボートでは遠くには行けない。おそらく、沖合で別の船が待ってる。」
アントニオが応えるように言った。
それを無線で聞いた生方が言う。
「沖合に、ハンマリンという外国籍の船が停泊しています。」
それを聞いた剣崎が厳しい口調で言った。
「見失わないようしっかり追跡しなさい!」
同時に、タブレットに、船の位置が送られてきた。
「了解しました!」
アントニオは楽しそうに返事をした。
「一樹さん、そこに、望遠鏡があります。様子を見張って下さい。」
一樹は言われるまま、望遠鏡を取り出して、船の居る方角を見る。そこには、大型の貨物船が停泊しているのが見えた。
「まさか、あの船で海外に行くつもりじゃないだろうな・・。」
望遠鏡を覗きながら、一樹が呟く。それを聞いて、亜美が一樹から望遠鏡を取り上げ、同じように貨物船の方を見る。
小型モーターボートは、まっすぐに貨物船へ向かっている。間違いなく、あの船に乗り込むつもりだった。
モーターボートが貨物船に横付けし、人影が貨物船に移るのが見えた。すると、すぐに、モーターボートはそこを離れ、港へ戻っていく。
「片淵亜里沙だけを乗せたようだな。やはり、マンションの事件の犯人は彼女か。どこかへ身を隠すつもりだろうな。」
一樹はじっと貨物船を睨み付けて呟く。
アントニオは、モーターボートが湖の中へ戻ったのを確認して、ゆっくりとクルーザーを動かし始めた。そして、貨物船の様子が判る辺りで、クルーザーを停めた。
「どうしたの?」
亜美がアントニオに訊く。
「残念だけど、このまま近づいても、あの船には乗り込めない。」
その頃、信楽に居た剣崎たちは、浜松へ向かうため、新名神を東へトレーラーを走らせていた。
剣崎は、車中で、テレビニュースを確認している。
「今朝早く、信楽の山中にある別荘が爆発炎上し、身元不明の遺体が多数発見されました。この別荘は、前国家公安委員長の覚王寺氏所有で、今回の事故との関係について、覚王寺氏への事情聴取に入るものと思われます。」
番組のキャスターが短く、ニュースを伝えた。映像は、規制線が張られた別荘の入り口辺りを写していた。
チャンネルを切り替えるが、どこの局もほぼ同様の扱いだった。テレビを切ろうとした時、画面の上に、テロップが出た。
『前国家公安委員長、覚王寺氏が行方不明。警視庁は一斉捜査開始。』
「やはり、そうなるわね。」
剣崎は、このことは予想済みだった。
「意図的にそういう情報を流したのでしょうね。行方不明となれば、捜索に時間がかかる。そのうち、今回の事件も忘れ去られ、大した話題にもならない。」
剣崎は大きく溜息をついた。
どれだけの悪事を暴いたところで、大きな権力を持つ者は、捕まらず罰を受ける事はない。EXCUTIONER(死刑執行人)の気持ちがなんとなく判るような気がした。
「生方、覚王寺の行方はどう?」
別荘への突入前から、剣崎は生方に、覚王寺善明の動きを探らせていた。
「それが、東京の自宅には戻っていないようですね。二日ほど前の夜、郊外のレストランを貸し切って、後援者とのパーティを開いていましたが、その後の足取りが不明です。パーティ会場から姿を消したことになっています。」
「意図的に行方不明の情報を流したわけではないということ?」
「ええ、そのようです。」
「二日前となると、私たちが動き始める前という事になるわね。・・変ね。」
「ええ、こちらの動きを察知し、事件が発覚する可能性が高くなったことを知って身を隠したと言う事でしょうか?」と、生方。
「いえ、身を隠したんじゃなくて、拉致されたという事じゃないかしら?」
「拉致?・・じゃあ、この事件、覚王寺が首謀者ではなく、別に黒幕が居るという事ですか?」
生方は驚いて剣崎に訊いた。
「おそらく、表だっては、覚王寺が動かしていたのかもしれないけど、その裏で糸を引いていた人物がいたと考えた方が自然でしょうね。」
「まだ、黒幕が居るんですか?」
生方は、げんなりした様子で呟いた。
剣崎は、覚王寺行方不明の報せから、この悪事の首謀者は、覚王寺ではないのではと考えていた。そして、それは、自分たちの動きを知ることができる人物の可能性が高いとも考えていた。
「黒服の男達も、館の女性たちも、おそらく、覚王寺氏の名は口にはしないはず。無関係で通すに決まってるわ。しかし、それでは済まさない!」
覚王寺が行方不明になっている今、何としても、片淵亜里沙を確保し、殺人容疑で尋問し、覚王寺氏との関係や更にその後ろに居る黒幕の正体を明らかにしなければならない。
「海上保安庁の協力を要請しましょう。」
剣崎は生方に指示する。
剣崎たちが、浜名湖の港に着くと、海上保安庁の高速艇が待っていた。
高速艇はすぐに、貨物船へ向かった。その連絡を受けて、アントニオも、クルーザー船を、貨物船へ向けて動かし始めた。
海上保安庁の高速艇の姿を確認すると、すぐ後ろをクルーザーが続く。
海上保安庁の貨物船に向け、無線とスピーカーで呼びかけると、貨物船のハッチが開き、タラップが降りて来た。
高速艇とクルーザーは貨物船に横付けされ、海上保安庁の保安官とともに、剣崎、一樹、亜美、カルロスが貨物船に乗りこんだ。

nice!(7)  コメント(0) 
共通テーマ:趣味・カルチャー