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偽名の男-1 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「中学生の頃、随分荒れていました。複雑な家庭事情があったようですが、なにぶん私も子どもでしたから詳しくは聞いていません。父親が暴力をふるうとか、借金があったとか、噂は多いですが、どれも本当かどうか。由紀ちゃんは、中学校卒業後、すぐに、家を出ました。私は、彼女より一つ歳下でしたから、学校で知ったんですが・・。」
「家を出てどこへ行ったとかは?」と一樹。
「まあ、ありきたりですが、東京へ行ったんだと聞きました。」
「その後のことは?」
「彼女がどこにいたのかは知りませんが、彼女が家を出て直ぐに、母親が亡くなり、父親も姿を消しました。」
さっきの老婆が、皆居なくなったと言ったのはそういう事なのかと一樹は考えた。
「誰か親しい人は居ませんでしたか?東京に知り合いがいるとか・・。」
一樹が訊く。
その警官は少し考えてから、自信なさげに答えた。
「親しかったといえば、水野裕也さんでしょうか・・。」
突然、水野裕也の名前が出て、一樹は驚いた。一樹はすぐにスマホを開いて、水野裕也の写真を開いて見せた。
「この人ですか?」
警官はじっと写真を見ながら、少し頭を傾げるようにして答えた。
「似ているような気もしますが・・何だか別人のようにも思えます。彼は随分秀才で、地元の進学校から東京の大学へ進みました。同世代の人間なら、皆、知っていますよ。・・四つほど年上だったので、由紀ちゃんが中学を出た時、水野さんは東京の大学に行ってました。家が近所で、幼い頃、よく遊んでもらったと言ってましたから、家出した時、彼を頼って行ったはずです。」
一樹は、その警官に頼んで、二人がこの街に居た頃の写真を探してもらう事にした。そして、水野裕也の身内が居ないかも併せて調べてもらう事にした。
「何か判ったら、連絡してください。」
一樹はその足で、東京へ向かった。途中、水野裕也が在籍していた大学が判明したと警官から、連絡が入った。
東京駅に着くと、すぐに大学へ向かう。
「水野裕也・・ああ、これですね。」
大学の学生課の職員が、記録を開いて見せる。入学時の学生証作成のために提出した書類だった。小さな写真が貼り付いている。一樹は凝視した。
「これが、水野裕也さんですか?」
一樹が少し不信感を持って訊いたので、職員はもう一度書類を確認して答える。
「間違いありません。ただ、彼は中退しています。」
「なにか、事情があったのでしょうか?」
「ええと・・ああ、学費の滞納のようですね。それ以上のことは判りませんね。」
対応した職員は、記録の上だけで、彼のことは知らない様子で、ここまでかと一樹は諦めかけていた。
そのやり取りを聞いていた別の職員が顔を出した。対応した職員より随分年上のようだった。
「彼のことなら覚えていますよ。学費の件で何度か相談を受けていましたから。両親の商売が失敗したと聞きました。奨学金の話もしたのですが、かなりの借金があったようで難しい状態でしたね。彼も連帯保証人にされているようでした。」
「退学した後のことは?」
「さあ・・ただ、一度だけ、新宿駅で彼によく似た人物を見かけました。髪を黄色く染めて・・そう、ホストって言うんですか?そういう感じで女の子に声をかけていたんです。つい、私も気になって声を掛けたんですが、無視されました。他人だったのかもしれません。」
一樹はすぐに新宿駅に向かった。
もし、彼がここに居たとしても、恐らく手掛かりを得るのは難しいだろうと考えながら、新宿駅西口に立った。大勢の人が行き交う場所。サラリーマンや主婦、学生、皆、忙しそうに目の前を歩いていく。
ふと看板に目がいった。
「新宿バスターミナル」一樹も昔、金がなかった頃、橋川市から東京へ向かう夜行バスを使ったことがあった。家出した神戸由紀子も、東京へ向かう時にはおそらくこのバスを使ったに違いない。
もしかしたら、と一樹は思いつき、亜美に電話をした。
「あのカルテのことで何か判ったことは?」
「あの館から見つかった遺体のうち3人は、このカルテの女性だったわ。」
「やはりそうか・・安西医師の予想通りだな。他に判ったことは?」
「今、3人の身元を照会しているところなんだけど、・・これといった収穫は・・」
「片淵亜里沙も行方不明者だったな?」
「ええ、そうよ。」
「そうか・・なら、片淵亜里沙が何処へ行ったのか、判る範囲で調べてみてくれ。それと、捜索願の出ている女性とカルテを照会してくれ。おそらく、皆、家出して東京に出て行ったはずだ。彼女たちが最後に目撃された場所、あるいは家出した後向かった場所が判れば良いんだが・・。」
「判ったわ。でも、整形していて、どこまで判るか・・そっちはどう?」
「神戸由紀子は、同郷の水野裕也を頼って東京へ出たところまでは判った。」
「水野裕也って・・まさか、あの?」
「ああ、そうだ。故郷では随分秀才だったようで、東京の大学へ進学していた。だが、家庭の事情で退学していた。その後のことはこれから調べる。おそらく、二人は東京で出逢い、暫く一緒に居たはずだ。闇の組織との接点も見つかるはずだ。」一樹は、亜美には、そう言ったものの、水野裕也がどこにいたのか、手掛かりは持っていなかった。止む無く、新宿駅周辺を歩き回り、水野裕也と同じくらいの年齢の男を見つけては片っ端から尋問していった。
駅から少し離れた場所まで来た時、路地のゴミ箱に腰かけて、タバコを吸っている若い男がいた。髪の毛を黄色と緑色に染め分けていて、まともには見えなかった。「あれ?これって裕也じゃん。」
写真を見せたとたん、若い男が、ふざけた口調でそう言った。
「知ってるのか?」
「ああ・・いつもユキと一緒に居たから。あいつ、ユキのヒモでさあ、良い御身分だよなってからかってたから・・。」
応えている男も相当ふざけた生き方をしているようにしか見えないが・・と一樹は内心、思いながら話を訊いた。

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