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偽名の男-3 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

マスターは、記憶の中にある水野裕也のことを話し終えた。
「それ以上詳しい事は判りません。だが、あの頃、この界隈で、女の子が連れ去られる事件が頻発していたんです。・・こんな街だから、家出した子も多かったが、中には、普通に暮らしていた子も連れ去られることがあったんです。おそらく、裕也たちが関係しているんでしょう。」
「誘拐?」
「いや、そうとも言い切れません。家出した娘にとっては生きていける場所があれば、それでも良いはず。この町に居たって、風俗に身を沈めるくらいですから。」
信楽の別荘に居た女達や、名古屋の安西のカルテにあった女達も、少なからずそういう娘たちなのだろうと一樹は思った。
「裕也は女たちを集めてどこへ連れて行ったんでしょう?」
「さあ、だが、ここらじゃないでしょう。高級車は名古屋ナンバーでしたから。」
やはり、名古屋か。そうなると、ここで女達を集め、駒ケ根の館にいったん移し、どこかで整形手術を受けさせ、名古屋あたりで仕事をさせていたと考えられる。足がつかないよう、女性たちを転々と移動させたのだろうと想像できた。
EXCUTIONERはそれを辿りながら、駒ヶ根の館の老女や水野裕也を殺害し、名古屋で神戸由紀子や安藤を殺害、その後、信楽へと繋がって行ったと考えると、辻褄が合う。だが、EXCUTIONERは、何故、そんな組織に鉄槌を下そうとしているのか、動機が判らなかった。それに、闇の組織の首領は誰なのか、信楽の館で最後なのか、謎は深まるばかりだった。
「MMって聞いたことはないですか?」
不意に、マスターが切り出した。
「MM?」
MMといえば、あの水野裕也の殺害現場を借りていた「MMコーポレーション」が一樹の脳裏に浮かんでいた。
「ええ・・本当かどうか判りませんが、一時噂になっていた、闇の集団のことです。殺人や誘拐、スパイとか、とにかく、出来ない事はない。請け負った仕事は確実にやってくれるって・・。」
「マスター、その話、どこで?」
「私もこういう商売をしているんで、いわゆる裏稼業というか・・今じゃ、反社とかいうんでしょう?そういう知り合いもいないわけじゃない。そういう輩から何度か聞いたことはあったんです。」
刑事を前に口にするような話ではない事を重々承知したうえでマスターは話した。
「それに、水野裕也が関係しているってことですか?」
「いや、確証はありません。でも、MMって集団は、若い女性が暗躍しているとも聞いたので、ひょっとしたら、そういう人間を裕也が集めていたんじゃないかって考えたんです。まあ、何の証拠もありませんが・・。」
マスターは、一樹のグラスに、2杯目のウイスキーを注ぐ。
「さっき、家出した娘ではなく、普通の娘も・・と言われたようですが、それはどういうことですか?」
一樹はグラスを手にマスターに訊いた。
マスターは自分のグラスにも2杯目のウイスキーを注ぎ、一口飲んでから答えた。
「ああ、一時騒ぎになったんですよ。この先に、有名な進学校があるんですが、そこに通っていた女子高生が行方不明になったんです。ちょうど、裕也がこの町に現れた頃だったんで、もしかしたら、そういう事かもと思っただけです。」
「ちなみに、その子の名前は・・判りませんかね?」
もう数年前の話であり、おそらく、東京あたりでは珍しくもない事なのかもしれず、名前など判るはずもないと思いながら、念のために、一樹が訊いた。
「ちょっと待ってください・・たしか、取っておいたはずだが・・。」
マスターはそう言うと、カウンターの奥の厨房に入って行った。
暫く、何か探している様子で、1枚のチラシを持って戻ってきた。
「この子です。その子の母親がチラシを作って、町中で配っていました。」
手作りのチラシ、高校生の女の子が笑顔を見せた写真が大きく載せられ、「この女の子を探しています。情報をください」と書かれていた。
「いや、以前の店には、怪しげな男達も集まるんで、こういうのを貼っておくと、何か情報を耳にするかもと思って、1枚貰っていたんです。潰れた時にはがしたまま、棄ててなかったみたいです。」
名前を見て、一樹は驚いた。片淵亜里沙・・チラシにはそう書いてあった。
「この子の親は?」
「さあ。暫くは熱心にこのチラシを配って情報を集めているようだったが・・そこに書いてある連絡先も、今、使えるのかどうか・・。」
マスタ―の言葉を聞きながら、一樹はスマホを取り出して、チラシにある番号に電話を掛けた。
だが、『現在使われていません』という返答が返ってきた。
「マスター、ありがとうございました。大きな収穫です。また、何か思い出されたらご連絡を。」
一樹は、ウイスキー4杯分の代金と名刺を置き、店を出て、地元を所轄する警察署へ向かった。
所轄に着き、窓口で事情を説明したが、窓口の警察官は、「酒の臭いがする男が、捜査資料を見せろと騒いでいる」と報告したために、生活安全課の警官が数人、一樹を取り囲んだ。
一樹は、警察バッジを見せたが、信じてもらえず、所属する橋川署に確認の連絡が入ることになった。
「矢澤、どうしたんだ、こんな時間に。そんなところで何をしている?」
電話には、紀藤署長が出ていた。
「いや、ちょっと面倒なことになっただけです。剣崎さんの命令で、ある女性の行方を追っているんですが、その女性、拉致されたようなんです。ここに、当時の捜査資料があるので、見せてもらうために来たんですが・・・」
「事情は分かった。まあ、お前は警官らしく見えないからな。まあいい、担当者とかわってくれ。」
すぐに、電話を代わり、生活安全課の警察官が、紀藤から事情を確認した。その後、剣崎にも身元照会の電話を入れ、ようやく信用された。剣崎が何を話したかは判らないが、警官の態度が一変し、すぐに、2階の会議室に通された。
「片淵亜里沙さんの事件の資料ですね。すぐにお持ちします。」
随分と恐縮した様子で、夜勤の警官総動員で、資料が運ばれてきた。
一樹は、丁寧に目を通していく。

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