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囮の女性-7 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

安西の言葉に、亜美が顔を紅潮させて反論しようとした。
だが、一樹が制止した。
「行こう。ここは、俺たちの生きてる世界とは違うんだ。」
一樹はそう言うと、安西からカルテの束を受け取ると、そこにあった紙袋に詰めて、服の中に隠し持つようにして、外に出た。
亜美は納得できないまま、一樹の後に続いた。
「どうしたの?安西からもっと話を訊いた方がいいんじゃないの?」
繁華街を歩きながら、亜美は一樹に食い下がる。
「彼は、核心に迫る話はしないだろう。この街でこれからも生きていくには、余計なことに首を突っ込まない事なのさ。とにかく、今は、このカルテから事件の真相を探り当てることが俺たちの仕事だ。」
一樹はトレーラーに急ぐ。
もしかすると、すでに組織に見張られているかもしれない。とすれば、トレーラーに戻るまで襲われる可能性もある。一樹はそう思いながら、急いだ。
一樹と亜美は、トレーラーに着くと、紙袋からカルテを取り出した。
おびただしい数のカルテだった。そこには、一人一人の細かい身体的データとともに、歯型を示す図が書かれている。
紙が変色していて、かなり古いものもある。新しいカルテには、顔写真もついていて、氏名もきちんと書かれていた。
「3年位前から、カルテが変わってるな。」
一樹が、カルテを調べながら呟く。
「ねえ、カルテには皆、変な模様が書き込まれてるわ。」
亜美が1枚を取り上げて、一樹に見せる。
それは、水野裕也の首筋にあった入れ墨にどことなく似ていた。
「おそらく、安西が書き込んだマークだろう。安西も、闇の組織の存在に気付いている。だからこそ、口を噤んできたんだろう。」
「剣崎さんに報告しましょう。」
亜美が言うと、一樹は首を横に振った。
「報告すると、安西の身が危うくなる。」
「どういうこと?」
「剣崎さんに報告すれば、先に手を打たれる可能性がある。」
「じゃあ、どうするの?」
「まずは、俺たちだけで調べる。古いものはともかく、新しいものは、写真や名前が書かれている。これを一つ一つ調べて行こう。何か、組織に繋がるヒントがあるはずだ。」
一樹はそう言うと、手元の新しいものをテーブルに並べて、スマホのカメラで写した。それから、紙袋に戻すと、トレーラーの自室の棚の奥にしまった。

一樹は、まず、神戸由紀子のカルテをもとに、彼女の過去を調べることにした。
名前、出生地、家出した経過、そしてどこで行方が判らなくなったのか。そこが、きっと、組織との接点だと考えたからだった。
一方、亜美は、警視庁のデータベースから、カルテに書かれた条件に合う女性が、行方不明者リストにないかを調べることにした。
剣崎には、伊藤ナディアに仕事を依頼した女性を捜査しているが、報告できることがないと嘘の報告をした。
剣崎は、その報告を素直に受け止め、追及はしなかった。剣崎自身、これまでの捜査状況から、ある可能性を考えていたからだった。
一樹は、神戸由紀子のカルテを手掛かりに、彼女の出生地へ向かった。
出生地は、静岡の山間の小さな町だった。身分がばれないよう、不動産屋のふりをして、小さな町へ入った。過疎化が進んでいて、空き家が目立つ。行き交う人もまばらで、大半は高齢者だった。
一樹は、カルテに書かれていた住所に立った。だが、そこは、すでに更地になっていた。山の畑から戻ってきた様子の老婆がいた。
「すみません。ここの土地の持ち主を知りませんか?」
老婆は訝しげな表情を浮かべて、一樹を見る。
「いや、私は不動産屋で、お客さんから、山間に別荘を持ちたいから土地を探してくれと頼まれていまして・・ここらは静かで、お客さんの要望にピッタリなんですよ。これくらいのところを探していまして・・ご存じありませんか?」
「ここの者は、居なくなったよ。今は、町が管理してるはずだ。役場で訊きな!」
老婆は、言い捨てるようにして去って行った。
「彼女の事を知る者は居ないか・・。」
ふと見上げると、学校がある。学校なら、何か手掛かりがあるかもしれない。そう思い、急いだ。
坂を上ったところに学校があった。古い門を入ると、木造の校舎がある。玄関の前で愕然とした。玄関は閉ざされていて、ガラクタが積み上がっている。随分前に廃校になったようだった。
「どなたですか?」
不意に、後ろから声を掛けられた。
振り返ると、警官が立っていた。
「町の中を見慣れぬ男が歩き回っていて怪しいと通報がありまして・・。」
真面目そうな警官だった。
一樹は警官に近付き、そっと、内ポケットにしまっていた警察バッジを見せた。その警官が思わず口を開きそうになったので、手で口をふさいだ。
「ある事件の捜査でこの街にきたんです。この娘を知りませんか?」
一樹は、スマホから整形前の神戸由紀子の写真を見せた。若い警官なので、知るはずもないだろうが、何か手掛かりを得られればという思いで訊いた。
「おや?これって由紀ちゃんじゃないか?」
若い警官は思いもよらぬ反応を見せた。
「詳しく訊かせてくれませんか?」
一樹はそう言うと、人目に付かないように、閉ざされた校舎の裏へ回った。
警官は、高杉といい、この街で育った。当然、神戸由紀子は同じ小学校、中学校に通っていた。

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