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火葬の女性-9 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

片淵亜里沙に同行して、病院へ向かった亜美は、彼女が治療を受けている間、剣崎に連絡を取った。剣崎はまだ、黒服の男達の車両を追跡している最中だった。亜美は、状況を剣崎に報告する。
「そう・・判ったわ。とにかく、死んだ男の身元を特定する事と、片淵亜里沙から経緯を聞き出しなさい。覚王寺善明とのつながりが判れば、一気に事件は動くはず。良いわね。」
剣崎は、厳しい口調で亜美に言った。
治療室の前の廊下で、亜美は片淵亜里沙を待った。何かで殴打されたのだろうが、出血はなく、意識を失っているだけに見えた。それにしても治療に時間がかかっている。何かあったのだろうか。
「亜美、どうだ?彼女の意識は戻ったか?」
現場から、一樹が駆けつけてきた。亜美は首を横に振った。1時間ほどが経過した時、ようやく治療室のドアが開いた。酸素マスクに点滴をされてストレッチャーに乗せられている片淵亜里沙が出てきた。
「けがは大したことはないのですが・・意識が戻らない。何かの薬物を服用しているようで、特定できません。もう少し検査に時間が掛かります。応急処置はしましたが、意識が戻るかどうか・・」
医師はそう言って、その場を立ち去った。看護士がストレッチャーを押して、病室へ彼女を運んだ。
一樹と亜美は病室の前で、彼女の意識が戻るのを待つほかなかった。
「変だな・・。」と、一樹が呟く。
「何が?」と、亜美が訊く。
「インターホンを押したとき、彼女が出ただろ?その時はまだ異常はなかった。だが、鍵を開けて室内に入った時、彼女は倒れていて、男は浴室で死んでいた。ほんのわずかの時間だったはずだ。その間に、男が彼女に薬を飲ませて、自らの首をナイフで切って死んだということになる。そんな時間があっただろうか?」
一樹に言われ、亜美も記憶を辿る。
「既に男は死んでいたってことかしら?」
「それなら、彼女に薬を飲ませたのは誰だ?」
「あの黒服の男達がやったという事かしら?」
「何のために、そんなことをしたんだ?騒ぎになれば、自分たちの悪事が露見するだけだろ?」
「まさか・・あの場にEXCUTIONER が居たってこと?私たちより前にあの部屋に入って・・そんな事、無理でしょ?」
「彼女が目を覚ましてくれれば、真相が判るんだが・・。」
亜美がそっと病室のドアを開いてみる。依然として、酸素マスクに点滴した状態で、意識は戻っていない様子だった。
時間が過ぎていく。
一樹は、病室の近くにある休憩スペースの長椅子に座り、先ほど現場で撮った写真を一つ一つ丁寧に点検した。何か、鍵になるものはないか、室内の様子や外の住民たちの様子などをじっくりと見てみた。黄色い髪の男が確かに居た。どこかに写っていないか探した。もし、見間違いでなければ、黄色い髪の男は水野裕也ではなく、EXCUTIONER自身ではないか。あいつが自分たちより先にマンションの部屋に入り、男を殺害し、片淵亜里沙にも薬物を飲ませたのではないか。処刑の一環だったのではないか。頭の中をぐるぐるといろんな考えが巡る。
医師がやってきて、何か薬を投与した。
「薬物が特定できたので、治療薬の投与を始めました。おそらく、朝には意識が戻るはずです。」
再び医師は、短く言って、去って行った。
「亜美、少し休め。」
一樹がそう言って、休憩スペースの長椅子に横になるように勧めた。亜美は小さく頷いて、横になる。すぐに眠りに着くことはできなかったが、体を休めることはできる。一樹も、横の長椅子に座り、目を閉じた。
パタパタという足音で、二人は目が覚めた。知らぬ間に眠ってしまっていた。
廊下を、看護士が走り回っている。
「どうしたんですか?」
亜美が訊くと、看護師の一人が「昨日運ばれてきた患者さんの姿がないんです。」と答えた。二人が眠っているうちに、誰かが連れ去ったのか、それとも逃げたのだろうか。
病室に一樹と亜美が入ると、ベッドの上に、病室着が綺麗に畳まれて置いてあり、逃げ出したのは明らかだった。
「しまった!」
一樹は呟く。しかし、病院の周囲には、見張りの警官が居たはずだった。おそらく、どこかで目撃されているに違いなかった。だが、誰も彼女が病院を出る姿を目撃していなかった。病院内を隈なく探したが、片淵亜里沙の姿はなかった。
「すみません。昨日の医師に話を聞きたいのですが・・。」
何らかの手掛かりを得ようと、一樹は、彼女が服用した薬物について、担当の医師に確認した。
「いえ・・まだ、判明していません。しかし、意識が戻ったとは・・不思議な事があるものですね。」
医師は、無表情に答える。
「いえ、昨夜、薬物が判明したからと、何か薬を投与されていましたよね?」
と、一樹が訊く。
「いいえ、何の処置もしていませんが・・。」
医師の答えは変わらない。一樹が医師の顔をじっくりと見る。容貌は似ているが、昨夜病室に現れた人物とは別人だった。
「あの医師は偽者?彼女を逃がすために現れたのか!」
一樹も亜美も、あの場に現れた医師に全く疑念を持たなかった事を後悔した。偽者の医師とともに、片淵亜里沙は姿を消した。
その事実から、彼女がマンションの部屋に居た男を殺害したことは明らかだった。黒服の男は、面倒な事を起こした客を始末するために、片淵亜里沙を送り込んだということになる。

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