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偽名の男-2 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「二人はどこに住んでいたか知らないか?」
「そんなの、知るかよ!」
若い男は、そう言うと吸っていたタバコを投げ捨てて立ち上がろうとした。だが、力が入らないのか、その場に尻もちをついて座り込んだ。
「なあ、よく行ってた場所とか、店とか知らないか?」
若い男は、怠そうな表情を浮かべながら、口を開いた。
「この先の・・なんてったっけなあ・・ビル地下の・・ええっと・・」
若い男は思い出そうとするが浮かんでこない様子だった。
「名前は良い。場所だけでも判れば・・。」
一樹が若い男にそう言った所で、
「サリュって店さ。もう潰れちまったがな。」
と、横から別の男が入ってきた。
今まで話していた男と全く違う、少し年配の男性だった。細身で白髪交じり、苦労したような顔つきをしている。
「あいつはいかれてたよ。」
随分詳しいようだった。
「貴方は、水野裕也とは、どういう関係なんですか?」
一樹が少し、大人な口調で訊いてみた。
「サリュの元店長。金に困っているっていうんで、バイトで使ってた。初めは、よく働いてくれたし、根っから真面目で、いずれ、店を任せようかとも考えていたんだが・・。」
その口調には、どこか後悔を感じた。
「裕也は、少し、金ができると、家出した娘を集めて、随分、イカレた事を始めたんだ。それが、やばい奴らに見つかって姿を消した。殺されたんじゃないかって、皆、噂してたんだが・・何年か前にふらっと姿を見せた。高級そうな車に乗って、金をばら撒く様に使って・・随分、良い儲け口を見つけたみたいだったな。」
「何かあったんですか?」
「あんた、裕也に借金があったのは知ってるかい?」
「ええ、親が作った借金の保証人になっていたと・・。」
「ああ、そうさ。それで、身を隠していたらしい。だが、見つかって、しつこく付きまとわれて、困っていた。そんな時、同郷のユキが奴らに連れて行かれそうになった。借金を返さなくちゃ、ユキが売られる。やつは、仕方なく、悪事に手を染めたんだ。・・それが、さっきの奴が言っていたイカレた事さ。」
「いかれた事というのは、売春とか薬物売買とか・・そういう事ですね?」
「ああ、そうさ。だが、今度はここらを仕切る暴力団に見つかって・・まあ、人生ってのはどうなるか判らないもんだな。」
この男も随分苦労したに違いない、一樹はそう感じながら男の話を聞いていた。
「高級そうな車で現れた時の様子をもう少し聞かせてもらえませんか?」
一樹が言うと、男は周囲を見回して小声で言った。
「じゃあ、店に行こう。ここじゃ、ちょっとな。」
男が先導して、大通りから、一本ほど、裏道に入り、雑居ビルにある小さなバーに案内した。
「サリュが潰れて、今、ここの雇われマスターなんだ。」
店に入ると、小さなカウンターがある。
5人程座れば満席になるほどだが、棚には様々な洋酒が並んでいる。
「勤務中は飲めないか?」と店長が訊く。
外はもう夕暮れになっていた。一樹は、この男からもっと話を聞くべきだと思い、グラスでウイスキーをもらうことにした。
「正直にいいますが・・今、途轍もなく大きな事件に関連して、水野裕也と神戸由紀子の過去を調べているんです。何とか、その事件を解明したいんです。」
マスターは、手元にあったグラスにウイスキーを注ぎ、一樹の前に出した。
「この町には有象無象の輩が集まってくる。ちんけな悪人もいれば、巨悪もいる。裕也もユキも、そんな奴らが作った、落とし穴に嵌った可哀そうな奴なんです。」
マスターはそう言うと、自分の前にもグラスを出してウイスキーを注ぐ。
「でもね、刑事さん。本当の悪人はこんな街には近寄らない。自分たちは安全な場所に居て、裕也のような哀れな人間を操って楽しんでいるんですよ。」
「何か知ってるんですか?」
「裕也が久しぶりにこの町に来た時、少しだけ話したんです。」
マスターはそう言うと、少し黙って、記憶の糸を手繰る。
「身なりも人相も、以前とは随分違っていました。」
店長の記憶の世界に入る。

「裕也、お前、生きてたのか?」
地元の暴力団に目をつけられて、暫くは隠れるようにして暮らしていたが、ぷつりと消息を絶って、仲間内では殺されたんじゃないかと噂されていたからだった。
「何だ、潰れちまったのかよ?」
裕也は少し生意気な口調で、入り口のドアの貼り紙をぱちんと弾き、少し恨めしそうに見ながら、店長に答えた。
「お前、どこで何してた?」
「ああ、この通り、生きてるさ。・・まあ、捨てる神あらば拾う神ありってね。ユキも元気にしてるよ。」
随分上等そうなスーツを着ていて、派手な腕時計をしている様子から、まともな仕事ではないことは想像できた。
「今、どこにいるんだ?」
「まあ、いろいろ・・仕事があればどこだって行く。ちょっと、近くに用事があって懐かしくなって寄ってみたんだが・・随分、この町も変わったな。」
裕也はそう言うと、スーツのポケットから、見た事もないような怪しげな煙草を取り出し、高級ライターで火をつけ、吸った。
「まっとうな仕事じゃないんだろ?」
そう店長は訊いたが、水野裕也は薄笑いを浮かべるだけだった。
「ああ、そうだ。マスター、昔の借金、返しとくよ。」
裕也はそう言うと、背広のポケットから、札束を取り出して、マスターへ投げた。
「おい、こんな大金。」
「良いんだよ。随分、世話になったからさ。」
通りの向こうに、高級車が止まっていて、男たちが裕也を待っている様子だった。
「あいつらと一緒か?」
そう言って、車に視線を向けると、後部座席には、少女が座っていた。少し怯えているように見えた。
「まあ、今日、逢ったことは忘れてくれ。じゃあ、行くわ!元気でな。」

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