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囮の女性-4 [デジタルクライシス(シンクロ:同調)]

「そんな人物がいたなんて・・。」
と、亜美が言う。
「マンションで、男を殺したのは、その男の可能性があるということですか?」
と、一樹。
「おそらく。彼は、我々同様にセキュリティを解除して侵入した。生方がマンションのセキュリティシステムを解析したところ、あなたたちがマンションの部屋の前に着く、少し前に一度、ロックが解除されていました。廊下の監視カメラ映像も改ざんされていた。そうとう、コンピューターシステムに長けた人物によるものでしょう。」
剣崎は説明する。
「待ってください。という事は、その人物・・仮にXと呼びますが・・Xも、黒服の男達の動きを察知していたという事になります。それに、部屋に行くのが片淵亜里沙だという事も全て知っていたという事になります。それほどの情報をどこで入手できたんでしょう?」
一樹が訊く。
「まさか、そのXが、EXCUTIONERなのかしら?」
と、亜美が呟く。
「おそらく、そういう可能性が高いと思います。」
剣崎が言う。
「やはり、あの時、追っていれば・・。」
一樹が悔しそうに言う。
「おそらく、Xは、追ってくることも想定していたはずです。そのためにいくつか策を講じていたはず。今、静岡県警で、港の聞き込みをしています。見慣れぬ人物が居なかったか、何か依頼を受けた者はいなかったか、日ごろとは違う小さな変化や違和感まで拾えるよう、丁寧な捜査をお願いしました。」
「じゃあ、我々も・・。」
と一樹が立ち上がろうとした時、剣崎が制止した。
「昨夜、貨物船で逮捕した外国人女性の話をもう少し聞いてきてください。もし、片淵亜里沙とともに逃亡している男が、EXCUTIONERならば、彼女は唯一、接触した人物という事になります。彼女の口から、彼についてどんな些細な事でも良いから聞きだしてきてください。」
一樹も亜美も、昨夜の囮の女性のことが気になっていた。
港で片淵亜里沙の上着を貰ったというが、余りにもタイミングが良すぎる。偶然、そこに居たとは考えにくかった。
直ぐに、一樹と亜美は、海上保安庁へ向かった。
その女性は、身元照会中のため、海上保安庁の留置施設に留め置かれ、不法出入国の罪で、手錠もかけられていた。
面会室で、彼女と面会する。
「ワタシ、ナニモ、シラナイ。」
囮になった女性は、その言葉を繰り返している。亜美が優しく問いかけても、それ以上の事を口にしそうになかった。
「このままだと、強制送還されるのよ。」
と亜美が働きかけると、
「カエリタイ。ハヤク、カエリタイ。」と返答した。
ただ時間だけが過ぎていく。そのうち、彼女の身元が判った。
「え?これってどういうこと?」
海上保安庁からの報告書には、≪国籍:日本 本名:伊藤ナディア 年齢:16歳≫と記載されていた。
「あなた、日本人なの?」
亜美が驚いて訊くと、その女性は、ようやく観念したように口を開いた。
「わかっちゃった?しょうがないなあ。すぐに判るとは思わなかったんだけどね。」
悪びれる様子もなく、あっさりと答えた。
「名古屋でね、声を掛けられたんだ。ちょっと危険だけどお金になるバイトがあるって。ほら、私、外見では外国人でしょ?それで良いんだって言われたの。それで、昨日、あの港で待つように言われて、そこで、服を貰って、モーターボートに乗ったの。」
彼女は、アルバイトのつもりのようだった。
「そのまま、外国に連れて行かれるって考えなかったの?」
亜美が訊くと、
「それもいいかなって・・日本に居ても良いことないし・・お金もないし・・体売って生きるのもいいかなって・・・。」
「それで、貴方にこんなことを頼んだ男は?」と亜美。
「男?違うわ、女性よ。」
「女性?」
「ええ、そう。ポンと百万円見せられて頼まれたの。」
「いつ?」
「いつだっけ。昨日、あそこに行ったから、一昨日かな?そうそう、ほら、マンションで殺人事件があったでしょ?あの日の夜だった。すぐに、名古屋から電車で浜松へ向かって、言われた通り、港で待ってたのよ。」
自分が囮にされた事など気にしていない様子で話した。
「どんな女性?」
「どんなって言われても・・。中年のおばさん、スタイルは良かったかな。着ているものも上品だったような・・大きなサングラスをしていて・・・。」
彼女の記憶は曖昧なものだった。
「名前は訊いた?」
「うん、え、なんだっけ・・ちょっと難しい名前・・お寺みたいな・・そうだ。覚王寺って言ったかな?」
「覚王寺?」
「うん、そうそう。」
おそらく偽名だろう。覚王寺の名を使ったことからも、この囮からも、覚王寺に繋がるようにしていたとすると、やはり、片淵亜里沙の逃亡を助けているのは、この事件を深く知る人物に間違いない。
「なんで、こんなこと、引き受けたの?」と亜美。
「即金でくれるっていうから・・。」
「それで、お金はどうしたの?」
「ママにあげた。ていうか、ママに送った。きっと、今頃、喜んでいるわ。」
彼女は、夜のうちに、裏世界の送金システムを使って、送ったようだった。

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