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4-14 獣人への祈り [アスカケ外伝 第3部]

稲佐の浜から様子を見ていたトキヒコノミコトたちのところへ、軍船がやって来た。船には、ヨシトがいて手を振っている。
ヨシトは、日に焼け真っ黒の顔で笑みを浮かべている。体は一回り大きくなり、筋骨隆々の立派な将となっていた。隣には、サキがいた。
稲佐の浜に船を着けると、多くの衛士に守られるようにして船を降りて来た。
「長門の将、ヨシトと申します。」
ヨシトは、そう言って、ヤガミ姫の前に跪いた。
「隠岐にて、大蛇の将を捕らえましたので連れて参りました。御検分下さい。」
ジュンシュンは荒縄にきつく縛られている。捕まった時に抵抗したのか、顔が腫れていて唇から血を流していた。
「確かに、この者は大蛇の将、ジュンシュンです。」
すぐに、スミヒトが検分する。
「一族の長を見捨て、自分一人逃れるとは、何処まで性根の腐った奴だ!」
ワカヒコが罵声を浴びせる。
当のジュンシュンは、悪びれる事もなく、ただ目を閉じている。
「刺客を送り込んだのはお前だな。」
クニヒコが訊く。ジュンシュンは口を閉ざしている。
「ヤガミ姫様、この者、我らにお任せいただけませんか?」
スミヒトが言う。
「こやつは、出雲の民の命を危険にさらした張本人です。恨みを持つ者も多いはず。一太刀で命を奪ってしまったのでは、民の恨みはおさまらないでしょう。このまま、荒縄に縛って、国中を引き回し、民に恨みを晴らさせたいのです。」
「良いでしょう。お任せいたしましょう。」
ヤガミ姫はそう言って、ジュンシュンをスミヒトに引き渡した。
「ヨシト様、ここまでよく来てくれました。」
トキヒコノミコトは、ヨシトと対面した。
「ああ、いつかまた会えるとは信じていましたが、このようなところで再会できるとは。トキオ様の活躍は、長門国にいても耳に入ってきておりました。」
「ああ、ヨシト殿も、長門の大将になられたと聞き、驚いています。」
二人はそう言葉を交わすと、互いに拳を握って再会を喜んだのだった。
脇には、笑顔でその様子を見守るタキの姿があった。
「タケル様はどちらに?」
ヨシトがトキヒコノミコトに訊く。
「御力を使われ、気を失っておられる。今、館で介抱している。」
トキオもヨシトも、タケルが獣人に変化することは知っていた。そしてそのあと暫くは動けなくなることも承知していた。
「トキオ、ずいぶん立派になったな。」
「お前こそ、凛凛しくなったな。」
二人は、しばらく互いの変貌ぶりを見比べ、そして強く手を握り再会を喜んだ。
「ここで会えるとは・・だが、何故、トキヒコノミコトと呼ばれておるのだ?」
ヨシトが訊く。
「まあ、その話は、タケル様が目覚めてから、ゆっくりと話そうではないか。」
「ああ、それが良い。」

大蛇一族は全て消え去った。
集まっていた兵や民は、戦いの後始末を始めた。
大蛇軍の兵だった者達の亡骸は、一カ所に集められ埋葬され、塚が作られた。浜山に作られていた柵は全て外されていく。また、大蛇の軍に荒らされた郷の修復も始まって行った。
その最中、兵や民の中で、獣人の事が密やかに話されるようになっていた。
命を救われた者は、神の化身だと崇める者もいたが、多くの者が、悍ましき姿を目の当たりにして、怖れを抱く者が少なくなかった。そして、それが、皇子タケルの化身だと知ると、伯耆の者たちやヤマト国そのものへの怖れにもなりつつあった。
その様子は、トキヒコノミコトの耳にも入ってきた。
「このままでは、いけませんね。」
トキヒコノミコトは思案した。不信感が広がるのを止めなくてならない。あらかた片付けが終わった頃に、トキヒコノミコトはヤガミ姫に民を集めてもらうよう頼んだ。すぐに、皆が神殿の前に集まってきた。
トキヒコノミコトは、神殿の階段に登って、皆を前に言った。
「我らを救って下さった、あの獣人について、正直にお話いたします。」
集まった者達はじっと聞いている。
「あれは、ヤマトの皇子タケル様の化身です。」
集まった者はざわつく。
「ですが、恐れる事はありません。神に選ばし者が持つ力であり、民を救うためだけに使われる。大事なものを守る時にしか化身できぬのです。そして、それは、タケル様の命を削るもの。今もまだ、タケル様は目を覚ましておられません。此度の化身は、ここに居る皆を守るため、かつてないほどの御力を使われたです。」
話を聞いていた、幼子がついと前に出て、心配そうな表情を浮かべて言った。
「タケル様は死んじゃうの?」
それを聞いたトキヒコノミコトは、階段を降りて来て、優しく答える。
「いや、大丈夫だ。きっと目を覚まされる。」
「私、お元気になられるよう、お祈りします。」
幼子はそう答えて、跪き、両手を握り締め、天を仰ぐようにして目を閉じた。
それを見ていた幼子の母が駆け寄ってくる。
「この子は、柱に縛り付けられ泣いておりました。あの獣人様が来られ、静かに柱を降ろされ救われたのです。その時、獣人様の瞳は、とても優しかったと言っていたのです。獣人様は命の恩人です。私もお祈りいたします。」
そういうと、幼子の横に跪き、目を閉じ祈った。それを見ていた者が次々に神殿の広場で跪き、祈りを捧げ始めた。
「皆、ありがとう。きっと、タケル様は目を覚まされる。」
タケルが目を覚ましたのは、二日後の夕暮れだった。
トキヒコノミコトから一部始終を聞いたタケルは、すぐに民のいるところへ姿を見せた。
元気な姿を見た者達は、涙を流し喜び、次々に、タケルの傍にやってくる。タケルは一人一人の手を握り、祈りを捧げてくれたことへの礼と、これから国作りに力を貸してくれるよう話した。

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