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2-12-7:峠道1985 [峠◇第2部]

tao.JPG 1985年の夏の終わり、峠にあるバス停に幸一は、大きめの荷物を持って、立っていた。
 砂埃を立てて、峠を下っていったバスには、彼以外には乗客はいなかった。
 バス停の隅に置かれた今にも朽ち果てそうな長椅子に腰を下ろして、たばこに火をつけて、少し深く煙を吸い込んだ彼は、ため息を吐き出すように、
「ここが最後の場所だな・・・。」
峠道の頂上に立つと、そこからは、瀬戸内の穏やかな海が見える。
そして、両脇に立つ山に貼り付くように集落があり、その間を流れる川を取り巻くように水田が広がっている。
晩夏となり、水田の稲もわずかに穂が伸びているらしく、西風にあおられて、やや重く揺れているようにも見える。
峠から少し下ったあたりに、東と西に広がる尾根伝いに小道があり、自動車がようやく入れるほどの道幅で、轍だけが木陰の中に続いていた。
彼は使い古した黒い手帳を取り出して、これからの目的地を確認すると、荷物を持って立ち上がった。
「この道でいいはずだよな。」
独り言をつぶやき、西側の道を入っていった。
西側の道は、少し上り坂で、珍しく石畳が残っていた。
両脇の雑木が、ちょうどトンネルの様に茂っていて、汗ばんだ肌がひんやりするほどだった。行く手の100mほど向こうに、目的地の玉林寺が見えた。

彼には、自分の母の生涯と自分自身の在り処を突き止める目的があるのだ。
この小さな村がその終着点になると考えていた。
だが、そのためにこれからこの村で起こる悲劇の日々は想像もしていなかった。


-以降『峠◇第1部』へ続く-

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コメント 4

はな

とうとう読み終わってしまいました
この第2部については、もうどれだけ泣いたことかw
とても切なくはありましたが、
人は誰でも誰かに支えられて、誰かの思いに応えながら生きているんだろうなぁと思わせてくれるお話でした
そして、人の繋がりの大切さや有り難味を、たいして意識することなく過ごしている自分・・・ 反省です(汗)
私には銀二のようにも和美のようにも生きられないと思いますが、
両親や主人、そして子供、そして友人、私の周りにいてくれる人たちへの
ありがとうの気持ちだけは忘れないようにしていきたいと思います

そして苦楽賢人 さんにも
いろんなことを思い、感じさせてくれるお話をありがとうございました^^
次は「同調(シンクロ)」を読ませていただきます



by はな (2011-01-24 08:58) 

苦楽賢人

はなさん、最後までお付き合いいただけ本当にありがとうございます。泣けるほど読んでいただけるなんて、本当に嬉しい限りです。同調ーシンクローは、泣けるような場面がありません。ちょっと謎解き風になってしまいましたので、今読み返すと、かなりの駄作と後悔しています。・・・次回作の構想と一部書き始めているのですが・・結局・・何が書きたいのか纏まらず・・・うじうじとした毎日を過ごしております。・・・やはり、小説家の皆さんの才能というのはすごいものだと実感しました。
でも、こんな拙い文章で泣いていただけるなんて、本当に嬉しい限りです。ありがとうございました。
by 苦楽賢人 (2011-01-24 18:03) 

姥桜のかぐや姫

とうとう読み終わりました

はなさんと同じおもいです(^0^)

暇さえあればパソコンの前で苦楽賢人さんの世界に引き込まれていました。

当年70歳ですがこの年になりますと出会いよりも別れが多いいのです。

辛かった事や楽しかった事も忘却のかなたのことが多いい
なか改めまして、今日まで生けてこれたのは両親をはじめ多くの人々のささえなのだと感謝を覚えました

明日から、同調(シンクロ〉を楽しみたいと思います(^0^)。





by 姥桜のかぐや姫 (2011-02-14 08:26) 

苦楽賢人

励ましのコメント、本当にありがとうございました。

ネット社会になり、距離や時間が大きく変わってしまった時代ですが、それでもやっぱり、人と人のつながり、支えあいは生きていく上で最も重要なものではないかという想いだけで書かせていただきました。

孤独死とか、虐待とか、寂しい言葉が世の中を彩る時代。豊かな社会の裏側に、抑圧された人々も多く存在する日本を思う時、一人ひとりがどう生きるか、どうつながるかというのがこれからも問われていくはずです。
遠く、沖縄の地でも、決して報道されない「理不尽」な状況が続いているようですね。
人の繋がりをもっともっと広げて、理不尽な事が放置されない世の中にしていきたいものです。

同調‐シンクロ‐は、峠(Tao)とは少し趣が違いますが、お楽しみいただけたら幸いです。
by 苦楽賢人 (2011-02-14 08:53) 

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