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file6-10 張り込み [同調(シンクロ)]

森田は、倉庫の周囲を回って、張り込み場所を探した。
古い倉庫の周りは、3メートルほど高い塀と防犯用の鉄条網が巡っていて、中の様子はなかなかわからなかったが、一箇所だけ隣家の庭にある、くすの木が枝を張り出していて、そこをよじ登れば中が覗けそうだった。
森田は、早速、隣家の了解を取り付けて、木によじ登った。枝先に身を移して中を覗こうとした時、枝が大きくしなって、その弾みで、森田は倉庫の敷地に落ちてしまった。落ちた所は、コンクリート面になっていて、余りの衝撃で気を失ってしまった。

表門で監視している松山は、病院に入っていく車両を写真に収めながら、署へ連絡して車両ナンバーの照会をしていた。これまでのところは、事件との関連を疑うような車両の出入はなかった。
「どうだ?何か変化はないか?」
鳥山がやってきた。
「ええ、今のところは、ほとんど患者のようです。まあ、この状態で、表から堂々と現れるほど大胆な事はしないでしょうが・・・」
「まあ、そうかもしれんが、だが、裏口から車両が出入できそうなところはなかった。もし、魁トレーディングの関係者が現れるなら、こっちからだろう。注意していてくれ。」
「はい・・・そういえば、さっき、ピザ屋の出前が入っていきました。まさか、そういう業者に化けてまで出入するでしょうか?」
「一応、照会しておけ。」
「はい。」

鳥山は、引き続き、近隣への聞き込みを行い、歩いてすぐのところにあった不動産屋へ入ってみた。
ガラス戸の入った土間のある古い不動産屋だった。年老いた主人らしき男が土間の奥にある机にぼーっと座っていた。
「すみません。橋川署の鳥山といいます。御主人、少し話を聞かせてもらえませんか?」
そう言って中に入ると、主人が立ち上がって、何も言わず、土間にある長机の椅子を薦めた。
「何か事件ですか?」
主人は暇にしていたのか、意外にも興味深そうに尋ねてきた。
「いや、事件というほどの事じゃないんですが・・ちょっと伺いたい事があって。実は、そこの由紀ビューティクリニックの横にある倉庫の事を御存知ならと思いまして・・」
「はあ。・・ああ、あの倉庫・・・今時、あんな古い倉庫、早く壊して駐車場にでもすれば良いんだが・・」
「持ち主はいないんですか?」
「ちょっと待ってくださいよ。」
主人はそう言うと、立ち上がって、書棚にある物件のファイルを引っ張り出してきた。余り、不動産業としては景気が良いほうではなさそうで、随分古めかしいファイルに、色の変わったような書類が閉じてあるようだった。
「ええっと・・・どれだったか・・・ああ、これだ。」
そういうと長机にファイルを広げた。
「あの倉庫はもう10年近く空家だね。・・ただ、あそこの病院ができる時に、・・・そうそう・・ほら・・」
そう言って図面の隅のほうを指差してみせた。
「所有者がねえ・・権田健一に代わってるんだ。・・仲介とかはしてないんだが、持ち主が亡くなってから一応私のところで預かっていたんだが、登記簿が変わったんで、びっくりして問い合わせたんだ。この権田って人にねえ。そしたら、前の所有者の甥だとかって言って遺産相続をしたらしいんだ。」
「ほう、そういうことは珍しいんですか?」
「ああ、たいていは、先に私のところに連絡があっても良いんだが・・弁護士から詳しく連絡させるとかってね。確かに翌日には弁護士がやってきて事情を説明していったよ。・・病院のあるところも、あの倉庫と地続きだったから、あの一角は丸ごと権田さんの持ち物ってことになるかな。」
「随分広い土地ですね。あれだけ相続するとなると・・・」
「ああ、相当税金も払ったんだろう。・・病院を作る時に一緒に壊すのかと思ったが、何か工事らしい事はやっとったが倉庫はあのまま残してる。どう見ても、もったいないと思うんだがね。」
「あそこで何かやってるとか、物音とかしませんか?」
「いやあ・・そういうことは判らんなあ。・・ただ、この間、鍵を付け替えたんだ。ちょうど、散歩してた時に出くわしたんで、訊いてみたら、倉庫の中に入り込む奴がいるとかで防犯の為だといってたな。」
「その鍵を付けていたのはどんな奴でした?」
「・・そうだな・・ちょっと変な雰囲気ではあったな。大男と小柄な男がごちゃごちゃ言いながらやっていたから。そうそう、大男のほうは髪が長くて後ろで縛って・・・後姿を見たとき、大柄な女なのかと思ったのを憶えてるよ。」
「その大男の顔は覚えていますか?」
「いやあ、随分、前のことだから・・はっきりとは・・・いいや、良い物がある。」
主人はそう言って立ち上がると店の奥の部屋に入っていった。

「これこれ。・・いや、偶然なんだが、このあたりの物件の写真をね・・デジカメとか言うのを買ってきたんでいろいろと取ってたんだ。・・そしたら、偶然、そこの病院の前で、その男と権田さんと・・病院の先生が居たのが写ってたんだよ。」
主人が見せた写真は、借家の写真の隅のほうに、小さく3人が立っているのが写っていた。鳥山は食い入るように写真を見たが、顔までは判別できなかった。
「御主人、この写真のデータはありませんか?」
「・・・データって・・ああ、ネガのことかい?デジカメはネガはないよ。」
「いえ、この写真の元の・・・カメラの中にまだ入っていますか?」
「ああ、カメラにはあるよ。」
「すみません、少し拝借できませんか?この写真が、今調べてる事件の決定的な証拠になるかもしれないんです。」
「ああ・・良いよ。どうせ、他は全部写真にしてあるから・・まあ、カメラだけは返してくれよ。」
「ありがとうございます。すぐにお返しします。」

鳥山は、そう言って挨拶もそこそこにして不動産屋を出た。そして、松山の処に行った。
「悪いが、このカメラに入っている写真を・・藤原さんに頼んで大きくしてもらってくれないか。権田と由紀ともう一人怪しい男が写ってる。デジカメだから、データを大きくすれば顔もわかるかもしれない。君の取った写真と一緒に全て印刷して、前科者とかこれまでの情報とを照合して、容疑者を浮かび上がらせるんだ。すぐに行ってくれ。・・ここは私が張り込むから。」

松山は慌てて、カメラを受け取ると署へ戻っていった。


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