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-ウスキの村-1.ウスキの人々 [アスカケ第2部九重連山]

1. ウスキの人々
舟を降り、長い長い石段を登ったところから、さらに一段高い場所に村はあった。
姫がお戻りになったという話を聞きつけた、村人が、ひとり、またひとりとイツキたちの周りに集まってくる。みな、口々に「姫様じゃ・・」「美しいのお・・」「あの若者は誰じゃ・・」等とひそひそと話をし始めた。村の入り口に着くころには、村のものがほとんどで迎えている様子だった。
カケルもイツキもエンも、これだけの出迎えを受けて戸惑いを隠せなかった。
「ええーい、うるさいぞ!静かにせんかあ!」
ウルが、三人の前を歩き、道を開ける様にした。前に開いた道は、次々にカケル達の後ろに続く。ウルは、そのまま、村の真ん中にある広場まで進んだ。そして、三人に高楼へ上がるように勧めた。
三人は言われるままに高楼に上がった。
高楼の上からは村が一望でき、渡ってきた淵やその先にある烏帽子山も目に入ってきた。
「良いところだな・・・」
カケルはそう言うと、イツキの顔を見た。
イツキは、たくさんの人が自分に注目しているのが判って、極度に緊張しており、体が震え、顔が引きつっていた。カケルは、そっとイツキの手を握った。
「たくさん集まってるなあ・・人気者だぞ!・・こりゃいい。」
エンは、見たことも無いほどの人波にはしゃいでいた。
高楼の梯子をゆっくりと誰かが上ってくる。
ウルは、手を添えてその人を高楼の物見台に案内した。
「この村の巫女様じゃ。」
ウルは、そう言って三人に紹介した。カケルの背丈の半分ほどの小さな小さな巫女であった。頭からすっぽりと朱の布を被り、表情が見えない。わずかに見える手からは、巫女はまだそれほどの高齢でない事がわかった。
「長い間、お待ちいたしました。我が命、あるうちにお会いできるとは嬉しい限りでございます。」
巫女はそういうと、イツキの手を取り深く頭を下げた。
イツキは、もう一方の手も握り、深く頭を下げた。そして、双子勾玉の首飾りを巫女に差し出した。
「オオ・・これこそ、邪馬台国の王の証。伊津姫様・・重き定めですが・・我ら一族の願い、是非とも叶えて下さい。」
巫女はそう言って、強くイツキの手を握り返した。そして、物見台の下にいる村人に向かい言った。
「伊津姫様である。我らが王、伊津姫様じゃ!」
集まった村人たちが一斉に歓声を上げた。中には、泣いている者もあった。
「さあ、伊津姫様、皆にご挨拶を。」
脇に居たウルがそう促した。イツキは、戸惑った表情でカケルを見た。
カケルは、「大丈夫」というふうに強く頷いた。
イツキは、一歩前に出て、皆の顔が見えるところに立った。そして、深く深呼吸をした。
「我が名はイツキ。遥か南、ナレの村で生まれ育ち、ようやく、この地へ戻りました。我が定めを果たすため、これからこの地で生きてまいります。」
人々は、その声を聞き、また歓声を上げた。そして、広場に積み上げられた松明に火がつけられ、誰かが、銅鐸を打ち鳴らした。次いで鼓が打ち鳴り、笛の音が響いた。次第に、村人たちが踊り始めた。広場では、伊津姫が戻った事を祝う宴が始まった。
イツキもカケルもエンも、しばらくその様子に見入っていた。
「姫様、お疲れになってでしょう。・・さあ、館へ行きましょう。」
巫女が、三人を館へ案内した。
館は、高床式の大きな作りで、サイトノハラの村で見た王の館に匹敵するほどの大きさであった。
イツキは、巫女に従い、広間に入っていった。
エンとカケルも、その後に続いて入ろうとしたら、ウルに止められた。
「ここより先は、男は入れぬ。そなたたちは、こちらじゃ。」
そう言われ、脇にある扉から、館と渡し廊下で繋がった、小さな館へ連れて行かれた。
「ここが、そなたたちの休む場所だ。いずれ、家を用意するが、それまでは、ここで過ごされよ。」
そう言って、ウルは二人を部屋にいれてから、立ち去った。
エンは、床にごろんと横になり、天井を見上げながら呟いた。
「何だか・・居心地が悪いな・・俺たちがイツキをここまで送り届けたんだぜ、もう少し・・」
カケルは、胡坐を書いて座り、荷物を解いていた。ふと見ると、ようやく到着できた安堵感からか、エンは、話の途中で、ぐっすりと眠っていた。
しばらくすると、部屋の外で声がした。
「夕餉の支度ができました。」
戸を開けると、二人分の膳が置かれ、傍らに若い女性が一人傅いていた。
「ハツと申します。しばらく、お二人のお世話をするよう巫女様より命じられました。」
女性は、そう言うと、部屋に御膳を運びいれて、並べた。
「こんな山奥です。大したものはご用意できませんが、どうぞお召し上がり下さい。」
並べられたものは、いずれも、この地で取れる山菜や川魚等であったが、精を込めて料理されたものらしく、空腹の二人には嬉しかった。カケルとエンは席についた。エンが言った。
「美味そうじゃないか・・・ところで、イツキはどうした?一緒に食べないのか?」
「はい、姫様は、奥の御部屋で、巫女様とともに・・・。」
「ちぇっ、なんだい・・・・きっとイツキはもっと良い物を食べてるんだぞ。」
エンが減らず口を叩いた。カケルは、苦笑しながら、ハツに尋ねた。
「この村は、静かで良い村ですね。皆、元気そうだ。きっとすばらしい長老様が治めていらっしゃるのでしょう。長老様にはお会いできませんか?」
ハツは、答えに困った様子だった。
「長老様は、いらっしゃらないのですか?」
カケルが重ねて訊いた。
「・・はい・・長老様は、数年前の戦で命を落とされました。それ以来、村は、巫女様が治めていらっしゃいます。」
ナレの村を出ると決めた時、母ナミから、爺様はこの村の長老だと教えられていた。カケルは、まだ見ぬ爺様に会えると思うと胸がワクワクしたのだった。しかし、それは叶わぬものであった。
「私の母は、この村の長老の娘だと教えられました。ここに来れば爺様にあえると・・・・。」
カケルの言葉に、ハツが思わず目頭を押さえた。
「長老様は、ヒムカの兵が来たと知らせを受けた時、村に危害が及ばぬよう、吊橋を全て切り落とされて、数人のミコト様とともに、七つ折へ向かわれました。そこで兵との戦に望まれたのです。出かけて行ったミコト様は誰一人お戻りになりませんでした。」
ウルが話した七つ折にある廃れた集落に転がる髑髏は、はるか昔のものではなく、ヒムカとの戦で倒れた長老やミコトたちのものだったのだ。
「せめて、亡骸を村に戻す事はしなかったのですか?」
「我が身が滅びようとも、村を守り続ける故、誰も七つ折に近づかぬようにと、長老様の言いつけなのです。・・以来、ヒムカの兵たちは一度もこの地へはやってまいりません。」
「なんというお覚悟なのだ・・・。」
村を治めるという事が如何に重い事かとカケルは感じていた。食事を終えると、ハツはお膳を抱えて出て行った。

高千穂渓谷3.jpg
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