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-ウスキの村‐3.弓比べ [アスカケ第2部九重連山]

3. 弓比べ
「わしの名は、キハチ。姫様の御守役、ご苦労でした。これからはわしらがお守りいたします。」
その言い方や態度に、少しエンは苛立ったように反応した。
「朝から、殺生ですか?」
「ああ、これは、今朝、射止めたのだ。そろそろ水鳥が増えるからな。殺生とは厳しいなあ。我等の命を繋ぐためだ。仕方なかろう。・・これが俺の役なのだからな。」
そう言いながら、獲物を持ち上げて見せた。
「兄様、たくさん獲れましたね。皆も喜ぶでしょう。」
案内をしていたハツが言った。
「兄様?・・この方が、さっき話していたハツ様の兄者なのか?」
「ええ、兄様の弓の腕は村一番です。飛ぶ鳥さえも射抜ける腕です。」
弓の名手と聞いて、エンは俄然興味を持った。
「俺も、弓を使います。・・是非、キハチ様の腕を見せていただきたい。」
エンの言い方は、挑戦的だった。
「ほう、よし、ならば、村へ戻って腕比べとするか?久しぶりで弓比べじゃ!わっはっは!」
キハチは豪快に笑い飛ばすと、村へ戻っていった。カケルたちも村へ戻った。
村へ戻ったキハチは、何人かの若者に声を掛けて「弓比べ」を始める準備をさせ始めた。
村の真ん中にある広場を挟んで、館の前から高楼に向けて射ることになった。
二百歩ほどの距離だが、上に向けて矢を放つ事になる。高楼には、先ほどキハチが獲ってきた水鳥が吊るされた。
「あれを飛ぶ鳥に見立てて、射抜こう。」
吊るされた水鳥は、遥か見上げるような位置にあり、風に揺れる。
弓比べの話を聞きつけて、我も、とばかり、村の若者たちが集まってきた。そして、女や子どもたちも見物に出てきた。
「よし、始めるか。・・・なんだ、お前たちもやるつもりか?」
幼子たちも、自分の弓を持ち出してきたので、幼い順に射抜くことになった。十人ほどが弓を引いたが、的にあたるどころか、高楼に届きもしなかった。
「おい、大丈夫か?遠すぎるんじゃないか?」「やめとけ、やめとけ!」
そのうちに、村人たちから、囃し立てる声が聞こえてきた。カケルたちと同じくらいの歳の若者も出てきて、弓を引いたが、高楼に届きはするがとても的にはかすりもしない状態だった。
いよいよ、エンの番になった。
「オオ、勇者様じゃ。」
誰かが言った言葉に、村人たちが歓声を上げた。村人の期待は高まっていた。エンの持つ弓は、皆が持つ弓よりも一回り大きく、強く撓るようになっていた。キハチは弓を見ただけで、エンの腕前がわかったようだった。
「いい弓を持ってるんだな。しかし、いくら弓が立派でも、引く手がどれほどかな?」
キハチは、より挑発的な言い方をして、不敵な笑みを浮かべてエンを見た。
「見てろ!」
エンは、見物している村人に自慢するかのように、弓をゆっくりと皆の前に出した。そして、まっすぐに弓を構えた.矢を番い、渾身の力を込めて引き、放った。
矢は、わずかに放物線を描いて、すーっと的に飛んでいく。そして、的となっている水鳥の広がった翼に当たり、ぽとりと落ちた。
「ほう、なんと、よく当てたな。」
キハチが言った。エンは大層悔しそうだった。
「よし、次は、俺の番だ。」
キハチは、弓を構えた。
「キハチ様、当ててください!」
村の若い娘から声が掛かった。どうやら、キハチは村の娘たちには人気があるようだった。
キハチの弓は、エンのものと比べると、少し短いが太く引くには強い力が必要だった。
ギリギリと弓が音を立てて撓る。キハチが指を離すと、矢がまっすぐに的に向っていった。
矢は、水鳥の翼に当たり、同じようにぽとりと床に落ちた。村の皆が拍手、喝采した。
「うーん、少し外したか。」
キハチは少し悔しそうな表情でエンに視線をやった。
「引き分けってところかな?」
エンは、少し安堵した表情をしていた。
「さあ、カケル、お前もやれ。お前の腕前を見せてやれ。」
カケルは嫌がった。幼い頃、初めて弓を引いた時の光景と似ている。力を示す事で、良い結果に繋がった事はない。むしろ、辛い気持ちになるのがわかっていたからだった。
「もう一人の勇者様もやられるぞ!」
エンは、わざと村人たちにそう言ってけしかけた。村人たちも歓声を上げた。それでもカケルは弓を持とうとしなかった。エンは、ハツに頼んで、部屋の置いてある弓を持ってこさせた。
「さあ、カケル、やれよ!」
エンは、カケルの弓を目の前に突きつけて迫る。エンの心の中には、カケルの弓の腕が自分より勝っている事に嫉妬を覚えつつも、勇者として見られている自分たちの面目を保つために、カケルが獲物を射抜くところを村人に見せつけたかった。
「おや、これは馬鹿に小さな弓だな。そんなので大丈夫か?俺のを貸そうか?」
キハチは、エンの時と同じように挑発的な言い方をしてみせた。もはや、これ以上拒む事は無理だと決心し、カケルは何も言わず、弓を持ち、ひとつ深呼吸をして構えた。心臓が高鳴り、腕が熱くなった。矢を番えて構えると、周りの音が聞こえなくなった。静寂の中でじっと目を瞑る。そして、かっと目を見開くと的に向って矢を放った。
放たれた矢は、高い笛音のような響きを残して、目で追うことも敵わぬほどの速さで、まっすぐに、いや、少し上昇するように的に向っていく。そして、吊るされた水鳥の胴体に突き刺さった瞬間、水鳥の体が一気に弾け飛んだ。後には、吊るすために使われた荒縄だけが残っていた。そして、放たれた矢は、高楼の梁に突き刺さった。予想もしなかった状態に、村人たちは、皆、声を出せなかった。カケルの矢の威力に、凄いというよりも怖ろしさを感じてしまったのだった。
キハチもエンも、その場に立ち尽くし、声も出なかった。
「なんと怖ろしき力じゃ。」
館から出てきた巫女が、静寂を破るように、声を発した。ようやく、みな正気に戻ったように、口々に「今のはなんだ?」「矢を放っただけなのか?」等と言い合った。明らかに畏れている様子だった。起きた事に一番驚いているのはカケル本人だった。
キハチは、矢を放ったままの格好で動かないカケルを見て、そっと、腕を触ると、異様に熱を帯びていることに驚いた。カケルは我に返り、そのまま、館の中へ駆け込んでいった。
「おい、これを見ろ!」
高楼で的の後始末をしようとした若者がキハチやエンに言った。急いで、高楼に駆け上がってきたキハチとエンは若者の指差すほうを見て驚いた。高楼の梁に突き刺さった矢の先には、一匹の毒蛇が頭を射抜かれて死んでいるのだった。キハチもエンも、カケルの弓の力に改めて驚いていた。

水鳥1.jpg
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