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2-16 水濠 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

16.水壕
山の砦からは、鹿島の様子が手に取るように見えた。大船は五隻、じっとしている。北西風が強く吹き、海岸には白波も立っている。東国の将は時を待っているようだった。山の麓から、浜にかけて、幾つかの土塁が築かれ、砦のある新城山の木々が切り出されて、高い柵も作られ始めていた。その様子は、東国の大船からも確認できるはずであった。
「これほどまでに守りを固めれば、そう容易く攻めては来れぬだろう。」
砦から海を見下ろしながら、クニヒコがカケルに言った。
「ええ・・ですが・・王がいらっしゃるのは、西方でしょう。これでは、西への守りが弱いのではないですか?」
「・・いや・・勝山へ向かうには、その先の粟井(あわい)の坂を越えねばならぬ。・・すでにそこには、兵を置いておるのだ。あの坂へ向かえばこちらの兵で挟み討ちにでき、好都合なのだ。」
クニヒコは、東国との戦に備えた策を充分に用意してきていることをうかがわせた。
「いつごろ攻めてくるのでしょうか?」
「船があそこに停まってからすでに十日ほど経っておる。食糧も底をつくはず。あと十日以内ではないかと思うが・・。」
カケルは、クニヒコの読み通りだとすると、まだ時があると考えた。そこで、
「あの土塁の後ろに、大きな濠を作りましょう。川の水が引き込めるようにして、東国の兵があの土塁を越えた時に一気に水を流し込めるようにしてはどうでしょう。」
カケルの言葉を聞き、クニヒコは土塁と立岩川とを見比べながら、考えた。
「それは良い。・・ここの兵もそれほど多くはない。土塁にはわずかな兵を置き、囮にして置けばよい。兵が攻めてきた時、一気に退き、濠の中へ兵を落とせば楽に勝てる。すぐに掛かるとしよう。」
カケルの進言どおり、水壕と堤作りが始まった。
「クニヒコ様!浜辺に人が倒れておりました。」
浜の見回りに行っていた者達が、男を運んできた。
「こ・・これは・・・アリト様!お救いできず・・・申し訳ない・・許してください。」
アリトは、海に投げ込まれ、潮の流れで浜辺まで打ち上げられたらしい。すでにこと切れていた。カケルは、大いに悲しんだ。アスカも話を聞き、すぐに駆けつけた。
「何と言う事でしょう。」
アスカも悲しみ、すでに冷たくなっているアリトの手を握った。その瞬間、アリトの体から紫の光が発し、アスカの体に電撃のようなものが走った。その衝撃で、周りに居たものも跳ね飛ばされるほどだった。アスカはしばらく意識を失った。
「アスカ、大丈夫か?しっかりしろ!何が起きたのだ?」
カケルがアスカの体を抱き、揺り起こした。目覚めたアスカは、カケルに言った。
「・アリト様に触れた時、まだ体から離れぬアリト様の念を感じました。」
「アリト様の念?」
「はい、アリト様は、海に落ちる直前にどうしてもカケル様に伝えたい事があったようです。」
「どんな事だ?」
「はい・・・沖にいるのは、オオツチヒコと申す将。もはや、東国の皇君の御意向とは無関係。自らの領地を得んがために攻めて参っただけ。ただの無法者に過ぎぬ東国の兵達も統率を失っており、容赦など無用であると・・・」
「なんと・・・死してもそのことを伝えるため、浜に上がってきたのか・・。」
カケルは改めてアリトの亡骸を見た。アリトの命を掛けた報告をカケルはしっかりと受け止めた。
「だが・・アスカ、何故そのような事が・・。」
カケルは、アスカに備わった新たなる力に驚きを隠せなかった。

濠作りは進んでいた。浜から二つほど奥の土塁の後ろに、人の背丈の倍はある深さの濠を作った。掘り上げた土は立岩川に運び込み、濠へ水を引くための堤も作られた。
ようやく完成した頃、鹿島にいた大船が動き始めた。
「来たぞ!皆、策は判っておるな!抜かりなく戦おうぞ!」
浜に一番近い土塁には、カケルが居た。敵を引き付け、濠まで誘い込むための囮は、ともすれば自らも命を落とす危険な仕事だった。濠が完成した時、カケルがクニヒコに申し出たのだった。

大船は砂浜に乗り上げると、一気に甲冑を着けた兵たちが浜から上がってきた。クニヒコの読みどおり、兵たちは、土塁を目掛けてやってくる。一番土塁にいるのは、十人ほど。矢を放ちながら、応戦するが、敵が近づくとすぐに後ろの土塁に退いた。
兵たちは、土塁に上がるとまた次の土塁を目指してやってくる。土塁の周りには、小さな濠も作った為、東国の兵たちは足を取られ、苦労しながら次の土塁を目指してくる。
次の土塁からも、数本の矢を射掛けては、また次の土塁へ退いた。そうやって、徐々に兵達は、カケルたちを追いながら、最後の濠に近づいてくる。
砦から、下の様子を見守っていたクニヒコは、堤を切る機会を伺っていた。
「さあ、いよいよだ。皆、砦へ向かうぞ!」
カケルの声で、伊予の兵は最後の土塁に置かれた枯れ草に火を放った。
煙が立ち上ると、堤に控えていた男たちが一気に堰を切る。立岩川に築かれた堤には、溢れんばかりの水が湛えられていた。東国の兵たちが、濠の中に入り込んだ時、上流から轟音を上げて、一気に大量の水が流れ込んだ。
重い甲冑を身につけた兵たちは、足を取られ流される。逃げようにも、土塁には火が放たれ、這い上がる事さえもできない。大半の兵は、その濠に沈んでいった。

2-16環濠.jpg
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