SSブログ

2-15 新城山 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

15. 新城山
しばらくすると、大船では、何人かの男が、アリトを担いで船縁まで運ぶと、両手・両足を持ち何度か揺らしたあと、海へ投げ捨てた。すぐに救わねばと思ったが、近寄れば矢羽が飛んでくる。アリトの体はゆっくりと潮に飲まれていく。
「アリト様!」
ギョクは必死に呼んだが、反応しない、そしてアリトの体は、波間に消えていった。
「何という事だ!」
カケルは悔しくて拳で船縁を叩く。アスカはカケルに縋り付き泣いた。
ギョクは止む無く船を陸へ向けて漕ぎ出した。アリトが切り殺された事は、東国の兵がすでに統率を失い、伊予に攻め入る事を示していた。カケルは、陸へ付く間、この後の事を考えていた。
「ギョク様、我らを伊予に下ろしたら、すぐに島へお戻りください。そして、東国の兵はすでに皇に従う者ではなく、単に里を襲う海賊であるとお知らせ下さい。・・それと、屋代へも使いを出し、備えるようお伝え下さい。」
カケルが言うと、ギョクは、
「カケル様はどうされるのですか?」
「私は、伊予の王にお会いし、戦に備えます。此度は、戦うほかありません。」
ギョクは、立岩川が斎灘に注ぐ河口あたりの浜に船を着けると、カケルたちを降ろしてすぐに島へ戻って行った。
「アスカ、東国への道は遠のいてしまったようだ。許せよ。だが、このまま東国へは向かえぬ。この伊予を守り、あの無頼な輩を退治せねばならぬ。判ってくれ。」
アスカは、カケルの眼差しにこれまでに無い厳しい決意を感じ取って、強く頷いた。
海辺には、里らしきものはなく、カケルとアスカは、立岩川の岸辺を上ることにした。しばらく行くと、数人の男たちに取り囲まれた。
「何者だ!」
取り囲んだ男の一人が、威圧するような声で訊いた。
「この辺りでは見かけぬ顔だな。衣服も見慣れぬ・・怪しい奴。吟味する、ついて来い。」
男たちは、カケルとアスカに槍を突きつけて取り囲むと、川岸から離れ、北東に見える山へ向かった。山の麓には、大池があり、回り込むように山道を登ると、石組みの砦が作られていた。杉の丸太で作られた頑丈な扉が開くと、中には、槍や剣を構えた男達が並んでいた。見るからに戦支度をしているとわかった。
砦の中ほどまで連れて行かれると、館の前に腰掛けている男の前にひざまつく様に命じられた。
男は、甲冑に身を固め、剣を足の間に逆さにして突き立てて、目を閉じている。
「怪しい奴が、川沿いを歩いておりましたので捕まえてまいりました。」
部下の声にゆっくりと目を開けて、異様な眼力で、カケルとアスカを睨みつけた。
「青い衣服とは珍しい。そなた達は、アナトの国の者か?」
男の声はその風貌とは逆に妙に優しかった。カケルとアスカは徳の里を出る時、女達の設えてくれた衣服を着ていたのだった。
「いえ・・これはアナトの国でいただいたもの。私は、九重より参りました、カケルと申します。そしてこちらはアスカでございます。」
男は、カケルの答えを聞き、じっと目を閉じ何かを考えているようだった。
「九重からアナトを経て我が地へ来たと申すか。・・だが、誰に案内されたのだ?海を越えるのは苦労だったろう。」
「はい・・アナトのタマソ王とともに屋代島まで参り、その後は来島水軍の者が、伊予まで案内してくれました。」
「来島の水軍とは珍しい。もはや東国の僕(しもべ)となったと聞いておるが・・・まあ良かろう。それで、我が地に何の用で参ったのだ?」
「東国の兵がこの地を襲うと知り・・戦を止めねばと考えてまいりました。」
「ほう、そこまで知っておるのか。・・だが、お前一人の力で何が出来ようか。・・そもそも、九重の者が何故に戦に関わるのか・・・」
そこまで言って、はっと思い出していた。
「お前、名をカケルと申したな。・・九重・・カケル・・もしや、ヒムカのタロヒコを滅ぼし、九重の国々を救い、偉大なる邪馬台国を復興させたという・・賢者カケルなのか?」
その問いにアスカが少し自慢げに答えた。
「はい・・私はお傍でその奇跡を見てまいりました。・・アナトの国にても、タマソ王とともに屋代島で起きた東国の謀を潰し、強きアナト国の礎のために働かれました。」
「アスカ、止めなさい。私はそれほどの者ではない。」
それを聞いて、得心したように男は言った。
「そうか・・・判った。・・・わしは、伊予の国の衛将、クニヒコと申す。カケル殿の申されるように、今、東国の兵が、鹿島に姿を見せたゆえ、ここで戦に備えておるのだ。戦など無益なものだが、降りかかる火の粉は払わねばならぬ。」
「乙姫(おつき)様はご健在なのでしょうか?昔、我が里の者がこちらに参り、多くの事を学び戻りました。乙姫様のお話を良く聞きました。是非、お会いしたいと思っております。」
クニヒコは、少し暗い顔で答えた。
「乙姫様は、先年、崩御された。ご病気だったのだ。今は、弟君が王位を継がれているのだが・・幼き頃よりご病弱ゆえ、ここより西南にある、勝山の地で養生されておられる。それゆえ、この戦は、何としても、この地で留めねばならぬのだ。」
カケルは、伊予国の事情を聞き、改めて、東国の謀を阻止せねばと決心した。

2-15新城山.jpg
nice!(7)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 7

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0