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2-18 粟井の坂 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

18. 粟井の坂
夜を徹して亡骸を弔った後、男たちは皆砦に引き揚げて休んだ。
カケルは、整然と並ぶ東国の兵の墓を前に、座り込んでぼんやりとしている。アスカは、カケルの膝に頭を乗せ、横になっていた。
「惨い事をしてしまった。」
カケルは呟く。伊予を守る為とはいえ、多くの命を奪った事を今更ながらに悔いていた。何か別の手立ては無かったのか、命を奪わずとも済む策はなかったか、墓を前に自問自答している。
「もう・・戦は・・・嫌だ・・何故、戦わねばならぬのだ!」
カケルは唇を噛み涙を流した。アスカはカケルの言葉を聞きながら、伴に泣いた。

数日は、東国の船は辺りに姿を見せなかった。
カケルとアスカは、砦を出て、里を歩いた。昔、ナレの村でアラヒコが話したとおり、この里にはたくさんの果樹の畑が広がっている。里の冬は、そうした果樹の手入れが主な仕事だった。
戦の様子は、砦の男たちから、里の者へも伝わっていたようで、カケルとアスカの姿を見つけると、里の者は、駆け寄ってきて、手を握り、礼を言った。その度に、カケルの顔は曇った。礼を言われると同じほどに、奪った命の重みが胸の中に圧し掛かってくる。カケルは、里の者と遭う事が次第に嫌になっていた。
「アスカ、粟井の坂へ行ってみようか?」
砦で朝餉をいただいていた時、カケルがアスカに言った。
粟井の坂は、里の西はずれ、勝山へ向かう道にある。クニヒコから、王の居る勝山を守る為に兵を置いていると聞いていた。
「ええ・・高い坂を登れば、もしかしたら熊毛の里・・いえ、九重まで見えるかもしれませんね。」
アスカの笑顔は、ほんの少しカケルの重い気持ちを救ってくれた。
浜筋の道を西へ進むと、眼前に山が見える。近づいていくと、海岸側が絶壁になっていて、浜からは崖に張り付くような道が伸びているのが判った。
坂を上るには、両手を着いて這いつくばっていかねばならぬほどだった。
「大丈夫か、アスカ?」
カケルは、アスカの手を握って急坂を登っていく。
登り切ると、やや広い平地があって、坂を下る道と、海側へも一つ小道が伸びていた。
カケルとアスカは、その道をとって海が望める場所に来た。
青い海の向こうに、ぼんやりと島が見えた。
「あれは、なんていう島でしょう。」
「さあ・・訊かなかったな・・本当に、ここは、穏やかで美しい。なのに・・何故、殺しあわねばならぬのだ・・・。」
カケルの中に、再び、あの感情がこみ上げてきた。
あの戦い以来、ずっと同じ事を考えている。しかし答えなど出ようも無かった。

「おお・・カケル様!・・ここにいらしたか!」
クニヒコが数人の里の男と、随分慌てた様子で、粟井の坂を登ってきた。
手には、剣や弓をもっている。
「もしや・・東国の船が現れたのですか?」
「ああ、この先の浜に現れて、ここの守りをして居たわずかな者たちが、先に向かっておりますが・・・持ちこたえられるかどうか。・・さあ、カケル様も、御加勢願います。」
クニヒコたちは、そう言うと、坂を下る道に戻って、足早に下りて行った。
カケルは立ち上がったものの、動こうとしない。アスカはそんなカケルを見て言った。
「さあ、カケル様、行きましょう。」
アスカはカケルの手を取って、坂道を降りた。
見下ろした先、小さな浜辺に、東国の大船が着いている。すでに兵たちは船から降りて、粟井の坂を守っていた里の男たちと、剣を交えている。
粟井の坂を守っていたものは僅か十人ほどしかいない。東国の兵が圧倒的に多かった。坂の途中から、クニヒコたちは矢を射掛けるが、とても届かない。そういう間に、何人かが斬られて倒れている。
「カケル様!急ぎましょう!皆、斬られてしまいます!」
アスカは必死にカケルに呼びかける。
カケルは、坂の途中から、浜で斬り合う男たちを見た。愚かな戦い、何故に殺しあわねばならぬ、再び、カケルは思い、心の底から怒りが湧いてきた。
カケルは、弓を手にした。そして、渾身の力を込めて矢を放った。
ビューウンという、独特の風切り音を残して、矢は凄まじい速さで飛んでいく。
そして、今まさに斬りかかろうとしていた東国の兵の腕を射抜いた。
「うわあ!」
東国の兵は、剣を投げ落とし、その場に蹲った。
さらにカケルは矢を放つ。同じように、強い風切り音が響き、また一人、東国の兵の固い甲冑を射抜いた。
「どこから放っているのだ!」
辺りには、弓を引くものの姿など無かった。そして、三本目の矢が、東国の兵達を掠めて、大船の船体に、轟音と供に突き刺さり、大穴を開けたのだった。
剣を交えていた男たちは、その威力に驚き、矢を恐れて岩陰に逃げ込んでいった。

2-18粟井坂.jpg
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