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3-18 磯城宮の篝火 [アスカケ第5部大和へ]

18. 磯城宮の篝火
夕暮れの中、カラコはどうにか磯城宮が見えるあたりまで戻ってきた。
「カラコ様・・もうすぐでございます。しっかりしてください。」
切られた傷から出血が止まらず、半ば意識もぼんやりし、歩みもおぼつかない。臣下に支えられるようにして、歩いている。磯城宮の大門の屋根が見えた。
「カラコ様!磯城宮の様子が変です!」
磯城宮の周囲には、煌々と光る篝火が立ち並び、多くの男達が大門から周囲にかけて立っているのが見えた。
その中の一人が、カラコたちのほうを指差し、すぐに大門の中へ入っていった。
カラコは、大門に上がる石段辺りにまで辿りついたものの、もはや動けぬほどに弱ってしまって座り込んでしまった。
しばらくすると、大門から数人の男が現れた。
「カラコよ、よく戻って来れたものだ!」
声の主は、平群のヒビキであった。脇には、イコマノミコトもいた。イコマノミコトは戦の様子を見た後、すぐに磯城宮へ走り、状況をヒビキに伝えていたのだった。したがって、カラコが戻ってくることは先刻承知の事であった。
ヒビキは、カラコたちが座り込んでいる石段の上に立った。
「磯城宮はすでに我らのもの。もはや、お前たちの戻る場所はない!」
そういうと、ヒビキは、さらにカラコたちに近づいた。
カラコたちの臣下は、疲れ果てて、剣を抜く事すらできなかった。
カラコは自らの置かれた状況を理解した。
「これを見るが良い。」
カラコは、そう言うと、荒縄に縛られたイシトと庵戸王を引き出してきた。二人とも数人の男に抱きかかえられるようにしている。
目の前にいるイシトは全身ぼろぼろの状態であり、庵戸王は正気を失っている様子だった。二人とも、暗闇の地下牢に閉じ込められ、精神を壊してしまっていた。
「地下牢に入れておいたのだ。・・どうだ、そなたがわし達に強いた事が如何なる事か良く判ったであろう。」
ヒビキは、座り込むカラコを見下ろすようにして言った。
カラコは何も答えない、答える力すら残っていなかった。
「さあ、お前の息子と庵戸王は解放してやろう。こいつらを連れ、何処へでも行くが良い。」
ヒビキはそう言い放つと、イシトと庵戸王とを突き飛ばし、カラコの前に転がした。
慌てて、カラコの臣下が二人を受け止めた。二人とも定まらぬ視線で、立ち上がることさえ出来なかった。
ヒビキは、見張りをしていた男達に引き上げるように命じ、大門の中へ戻っていった。
篝火も一つ一つ、大門の中へ運び入れられ、大門は閉じられた。
磯城宮の周囲は暗闇が広がっていく。
カラコと僅かな臣下、そして、イシトと庵戸王は、その暗闇に残された。周囲には、野犬の遠吠えが聞こえていた。

磯城宮の玉座の間に戻ったヒビキに、イコマノミコトが訊く。
「カラコ達は如何するでしょうか?」
ヒビキは天井を見上げ、少し考えてから答えた。
「運がよければ、どこかの里へ逃げ込む事もできよう。」
「しかし、周囲の里が匿うとは思えませぬが・・」
「そうだろう。これまでの悪行を知っている里の者ならば、助けたりはせぬだろうな。・・・それに、あの傷ではそう遠くまでは行けまい。」
「では、あのまま死ぬと?」
「翌朝、もし生きて居るなら、助けてやる。・・我ら、平群一族はあやつの謀で多くの者が路頭に迷い、苦しみ死んでいったのだ。我が一族の恨みはやはり消せぬ。刃を持って命を奪うのは容易いが、カケル様との約束もあるゆえな・・。」
イコマノミコトはそれ以上、ヒビキに問うことはしなかった。
「これで、大和は静かになりますね。」
「ああ・・そうなってもらいたいものだ。・・明日からは、磯城宮の周囲の里へ使いを出そう。物部も蘇我も滅び、この大和の国から、戦はなくなったと知らせるのだ。」
「これからが・・本当の大仕事ですね。・・」
「ああ・・・カケル様が言ったような・・安寧な国造りができると良いのだが・・・。」
ヒビキには、まだ何か心配な事があるようだった。
「まだ、何かあると言われますか?」
イコマノミコトは、ヒビキの表情を見て訊いた。
「長く戦が続いたのだ。民は疲れておる。東国や北国のなかには、まだ物部や蘇我を慕う者もいるだろう。いや、物部や蘇我に抑えつけられていた者が、この機に何か企むかも知れぬ。この大和に戦を仕掛けてくる輩もいるかも知れぬな・・・」
「使いを送っただけでは無理だと言われますか?」
「そう簡単ではあるまい・・。豊かな暮らしを望み、財を成すことに取り憑かれた者はどこにも居る。気を引き締めて臨もうぞ!」

3-18篝火.jpg


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