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3-17 香具山 [アスカケ第5部大和へ]

17. 香具山

当時、大和盆地には中央部は大きな沼が広がっていて、大水のたびに低地は水害に遭う。
葛城の宮も磯城の宮も、小高い丘を利用して作られていた。磯城宮は、大和盆地の東部、三輪山の裾野(現在の巻向あたり)にあった。カラコが目指す甘樫の里も小高い丘に集落は築かれ、低地には水田が広がっていた。

カラコは、磯城宮にいた全ての兵を連れて甘樫の里へ向かっていた。
甘樫の里までは、三輪山の裾野を伝い、香具山を越えたところまでくれば目の前である。カラコは兵を止めた。
「これより、大罪人物部のマサラを捕える。しかし、マサラも多くの兵を率いているに違いない。甘樫を攻めても不利。ここ香具山にて、待ち伏せし一気に襲うのだ。」
兵は戸惑った。確かに、磯城宮からの兵の数は百人にも満たないほどである。マサラの軍がどれほどか全く判っていなかったのだ。
「わしが、甘樫に潜むマサラを、磯城宮へ案内すると申し、ここまで連れて参るゆえ、この山中で一気に襲うのだ。良いな。」
カラコには思惑があった。兵同士がぶつかり犠牲が出るのを防ぐ為ではない。自らの悪行がばれぬようにする為、だまし討ちの策を取ったのである。
カラコは兵に下知すると、腹心を二人ほど連れて甘樫へ向かった。
「良いな、マサラに磯城の宮の事を悟られぬようにするのだ。そして、昔のように丁重に磯城の宮へ案内する。・・だが・・そのままにはせぬ。この山中で、マサラ一党の命を奪うのだ。ぬかるでないぞ。」
甘樫の里では、長が戻らぬことに不審を抱き、物部のマサラ達も苛立ちを隠せなかった。先に、磯城宮から来た使者に幾度も磯城宮の様子を尋ねるが、のらりくらりと交わされ埒が明かぬ状態であった。
ちょうどその頃、葛城宮から、イコマノミコトとレンが、甘樫の里の様子を探りに来ていた。
そこには、物部のマサラの姿があり、二人は驚いた。
「マサラが戻ってきている。・・敗走したはずだったが・・なんと、ここに戻っていたのか?」
レンは、マサラが甘樫へいることを葛城宮へ伝えるため戻った。イコマノミコトは、しばらく甘樫の里の中に潜み、動静を探る事にしたのだった。

「蘇我のカラコ様、ご到着にございます。」
里から、マサラの許へ知らせが来た。
「通せ!」
マサラは、長が用意した館の部屋に、カラコを呼び入れた。カラコは平身低頭、マサラの前に進み出た。
「ご無事で何よりでした。・・難波津の戦の様子は、使いより聞き及びましたが、いずれに行かれたのか見当もつかず・・さりとて、磯城宮へ残った兵も少なく、援軍を送ることも出来ず、申し訳ございません。」
カラコは丁重に挨拶をしたが、マサラは真っ赤な顔で怒りを露にした。
「甘樫の長を送り、随分と時が掛かったな!・・もしや、我をないがしろにするつもりではあるまいな!」
「滅相も無い!・・磯城宮あたりには、物の怪が現れ、民を脅しておりましたゆえ・・少しでもマサラ様にはご心配をおかけせぬようにと・・。」
「ふん、まあ良かろう・・すぐに磯城宮へ戻るぞ!支度をせよ!」
カラコはようやく顔を上げて、マサラを見る事ができた。しかし、マサラの様子が変だった。
両脇から従者に抱え上げられるように立っていて、かつての勇壮な姿とはかけ離れていた。すぐに館の前に、輿が引き出され、マサラはその上にゆっくりと運ばれ、座った。長い逃亡の中、マサラは足を患い、自力では立てなくなっていたのだった。カラコは、その姿を見て、マサラに気付かれぬよう、ほくそ笑んだ。
マサラの従者は、兵として難波津より逃れてきたものが十人ほどであった。それに、甘樫の里から十人ほどがつき従い、磯城宮を目指した。
カラコは、それらを先導して歩き、香具山を抜ける道を進んだ。
一行は、カラコが兵を潜ませた香具山の山中に入った。さほど険しくは無いが、輿を担いだ者には厳しく、徐々に、カラコたちから遅れる様になった。緩やかな曲がり角を過ぎた時、カラコは、潜ませた兵に号令をかけた。
「やれ!一気にやってしまえ!」
山の茂みに隠れていた兵が一斉に顔を出し、矢を放つ。しかし、マサラの伴もツワモノ揃いであり、大いに反撃した。輿に乗っていたマサラは、カラコの裏切りを知り、激怒した。
「おのれ!カラコめ!恩を仇で返すとは!」
香具山の狭い山道の中で、兵たちは縺れるように戦う。迫る刃から我が身を守る、ただそれだけに戦った。マサラを守る事など忘れ、ただ生き延びる為に戦う。そんな様相だった。
次第に、鎮まると、双方とも多くの者が命を落とし、亡骸は、山道のあちこちに倒れている。
輿に乗っていたはずのマサラの姿はなく、少し離れた場所に、首を矢に射抜かれて果てていた。
カラコも深手を負っていたものの、どうにかマサラを亡き者とすることが出来た安堵感で、山道に座り込んでいた。
生き残った臣下が近寄り、どうにか立ち上がると、マサラの亡骸を、山道の畔に穴を掘り埋めた。」そして、首だけを持って、磯城宮へ戻ることにした。
香具山から生き延びて出てこれたのは、カラコのほか、僅か数名であった。
山影から戦の一部始終を、イコマノミコトが見ていた。余りにも凄惨な状況に絶句していた。

3-17 香具山道.jpg
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