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3-20 親子の絆 [アスカケ第5部大和へ]

20. 親子の絆
カケルは、王宮の中で、王の館の隣に、新たに作られた小さな館に居た。
この館は、葛城王が、アスカがタケルを育てるためにと考え、日当たりの良い場所に作られていた。決して、大きくなく慎ましい作りながら、幾つもの太い柱に支えられた高床式で、風通しもよく、高い屋根に開いた戸口からは日も差し込む造りになっていた。侍女も数人、同じ館に寝泊りし、昼夜の世話が出来るようにもなっていた。
空には明るい月が輝いている。
広間の真ん中に置かれた、竹籠の中には、タケルがすやすやと眠っている。アスカがその脇でじっとタケルの様子を見ている。カケルは向かい側に座り、その様子をしみじみと眺めていた。
「ご苦労だったな・・・一人、子を産み、心細かっただろう。済まなかった。」
アスカは、カケルの言葉を聞いて、にこりと微笑んだ。
「私は独りではありませんでしたよ。・・・ずっとカケル様を信じておりました。それに、カケル様を慕う多くの方々に支えられておりました。これほど多くの人に祝福され、この子も幸せでしょう。みな、カケル様のお陰です。・・。」
「そうか・・」
「皇君がなにより喜んで下さいました。周囲も驚くほどに、まるで我が子のように可愛がられて・・カケル様がお戻りになられる前までは、毎晩、添い寝をされるほどでした。」
「では・・皇君はさぞかし寂しがっておられるな・・。」
「ええ・・でもきっと、朝には日の出と伴に、お顔を見に来られるでしょう。そして、摂津比古様や奥方もきっと立ち寄られるに違いありません。」
「そうか・・。皆に可愛がられておるなら何より。・・ナレの村でも、子は村の皆で育てたもの。誰の子ではなく、皆の子だった。」
「ええ・・きっとタケルも物心付けば、その事の大事さには気付くでしょう。」
「そうだな・・。」
カケルは、安堵したが、まだ不安げな表情をしていた。アスカはすぐにそれに気付いた。
「カケル様、まだ何か気がかりな事がお在りのようですね。」
「いや・・ああ・・。」
カケルは少し戸惑いを見せた。だが、決心したようにアスカに言った。
「・・私は・・まだ・・親という実感が無いのだ。・・いや、そうではなく・・上手く言えないが・・親とはどのようなものか判らぬ。大伴のムロヤ様は、この傍に居てやるだけでよいと言われた。子が親にしてくれるのだと・・だが・・わが子を目の当たりにしても、判らぬのだ。」
アスカはニコリと微笑んだ。
「カケル様・・私とて同じ。いや・・私は、母や父を知らずに育ちましたゆえ、親とは如何なるものか、見当もつきません。・・でも、身篭り、苦しみの末に産んだ時、気付いたのです。」
「何に気付いた?」
カケルは身を乗り出してアスカに訊いた。
「私は母を知らずに育ったのではありません。母は命を懸けて私を守り、私を救う為に、私を船に乗せ流したのだと・・。命を懸けて子を守る事が、親の仕事ではないかと・・。」
「命を懸けて守る・・か・・。」
「ええ、タケルを産む時、どうか無事に生まれておいでとそればかりを考えておりました。それは、私だけでなく難波津の皆の願いでもありました。もし、この子に何かあれば、私は代わりに命を差し出す覚悟ができました。ムロヤ様が言われるように、傍らに居てやれれば、きっと守ってやる事もできましょう。」
「そうか・・そうだな・・・私も、昔、ナレの村で魚取りに夢中になって帰りが遅くなった時、父に随分と叱られた。母に無用な心配をかけるなと・・・。幼きお前と会ったときも、モシオの村でも、アスカの事を皆が気にかけていた。お前が、高楼に登った時など、皆、怒っていたものだった。そうか・・そういうことなのだな。」
「傍らに居て、子を見守り、時には叱り、時には導き・・そう、貴方が私にしてくださったことをそのまま、タケルにもして下されば良いのです。」
アスカの言葉を聞きながら、カケルは胸のつかえが降りたような気持ちになっていた。
「では・・皇君も民の父であるということだな。」
カケルは、何気なく口にした。
「・・ええ・・きっとそうでしょう。あれほどの民が集い、これほどの都を作り上げたのは、葛城皇を親と思い、尽くしているのでしょう。・・私は、皇君を父に持ち、うれしゅうございます。」
「そうだな。・・皇君だけではない・・摂津比古様も同様だ。あの方が居られなければ、我らもこうしてここには居れなかった。・・皆に感謝し生きねばならぬ。・・その事を、タケルにも教えねばならぬな。」
カケルはそういうと、傍らで寝息を立てているタケルの顔を覗きこんだ。
「お前は、どのような男に育つのであろうな?」
それを見ていたアスカが言った。
「きっと、父様のような、素晴らしき男子に育ってくれるはずです。」
「そうか・・そうだな。」

タケルは、すやすやと寝息を立てている。久しぶりに訪れた、安らかな日々だった。
数日は、カケルはアスカと伴に、宮殿の中で過ごしたのだった。

3-20鶴の親子.jpg
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