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3-16 綾部という男 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

「すみません。」
一樹がそう言って店内に入ると、厨房から件の店主が出てきた。
「おや・・また・・まだ何か?」
店主は、カウンター越しに訊く。
「マスターは、新龍興業の綾部というと男をご存知ですか?」
一樹は単刀直入に訊いた。
「綾部?・・・ああ、青龍会の組長の事か・・」と店長は吐き捨てるように言った。
「ええ・・・そうです。お会いになったことはありますか?」
「間近で会った事はない。だが、確か、2か月くらい前だったと思うが、札幌で見かけたんだ。・・昔なじみの友人が、すすきので居酒屋をやっていて、そこへ行ったときに見かけた。・・そうそう、そいつから聞いた話だが、札幌郊外のビルに事務所を構えて、相当羽振りがいいらしい。そいつの店にも、時々現れるんで、随分と困ってるとも言っていたなあ。」
「困る?」と亜美。
「おいおい、警察のくせにそんなことも判らないのか?」
店長は明らかに、亜美の事をバカにした口ぶりだ。
「いいか。ああいう危ない奴らが突然大挙して店に来るんだ。すると、普通の客は当然、怖がって寄り付かなくなる。それじゃあ、店にとっては大問題さ。結局、引き取ってもらうために、みかじめ料とかを払ってしまうということになるわけだ。全く、困ったもんさ。」
「取り締まりはしているはずでしょう?」と亜美。
「・・面白い事を言うねえ・・誰が取り締まるんだ?・・通報したところで、その場限りさ。中には、そいつらとつるんでいる警官もいる。通報すれば、一層嫌がらせが酷くなるだけさ。」
黙って店主の話を聞いていた一樹が口を開く。
「その居酒屋をご紹介いただけませんか?・・どうしても、綾部と接触したいんです。」
「警察なんだろ?直接、事務所へ行けば済むだろう?」
「いえ・・それじゃあダメなんです。」
「そうか・・。」
店長は、その場に会った広告の切れはしに、札幌の居酒屋の名前と住所を書いて、一樹に渡した。
一樹と亜美は店を出た。
「どうするつもり?」
亜美は心配そうに訊いた。
「とりあえず、札幌に行ってみる。この店主から話を聞いてからだ。亜美は一旦病院へ戻ってくれ。札幌の方は、森田や松山もいるし、吉武刑事とも協力して、綾部に接触する手立てを考える。」
「私も札幌へ・・」
「いや、亜美は、レイさんから、優香さんの記憶に残っている情報をもっと聞きだしてくれ。」

一樹は、すぐに、松山と森田にも連絡した。事件の後、森田と松山は吉武とともに、井上警部補が扱った事件の洗い直しに協力しながら、十勝の事件について犯人を特定できる証拠が残されていないかを追っていた。
一樹は、札幌署の近くの喫茶店で、松山たちと合流した。
「あれから、もう一度十勝の事件を調べ直してみたんですが・・ひとつ、判った事があるんです。」
松山が手帳に挟んだ紙を広げながら説明する。
「釧路のバラバラ遺体が発見された際に、周辺の聞き込みがされたようですが、そこで、不審車両の目撃証言がありました。黒い大型の外車でナンバーも記録されていました。ですが、無関係だろうと判断されたようで、正式な調査書には記録されていませんでした。これは、その時の捜査員のメモです。」
そこには、車種と登録ナンバーがはっきりと記録されていた。
「この登録ナンバーを紹介したところ、新龍興業の会長所有のものと判りました。ただ、20年も前の事なので、当然、車両は残っていませんし、運転していたのが誰なのかは判りませんが・・。」
松山は残念そうに話した。
「青龍会については?」と一樹が訊くと、森田が答えた。
「札幌郊外に事務所があるのは判りました。そっちは、今、吉武刑事が動いています。ただ、この間、目立った動きはなく、組長の綾部の所在も定かではありません。札幌署でも、何か事件でも起きれば強制捜査に入れるのだがと言っていましたが・・。」

三人は、居酒屋のある繁華街に向かい、看板を頼りに探し辿り着いた。しかし、その店の扉には、廃業を知らせる貼り紙があった。日付を見ると、つい最近の事のようだった。
「どうします?」と松山が言う。
「この辺りに、青龍会が顔を出しているのは間違いない。周辺の店に聞き込みだな。」
森田と松山がそう言って、すでに開いている店に飛び込んでいった。
一樹は、亜美に電話を掛けてみた。
「どうだ?何か判ったか?」
電話の向こうで亜美が少し興奮気味に言った。
「レイさん、もう一度シンクロしたわ。最初はぼんやりした記憶が、もっと鮮明に判るようになって・・」
「それで?」
「龍のバッジをつけていた男は、顔・・そう、左の頬に青痣があったの。それと、左の小指に太い指輪。」
「そうか・・判った・・レイさんと優香さんは大丈夫か?」
「ええ・・後遺症もなく、レイさんは少し疲れたようだったから今は休んでいるわ・・。」
「そうか・・わかった。」
一樹は電話を切ると、繁華街の中を見回し、通りから一つ入った路地の中にあるスナックに入った。
「すみません・・ちょっと話を伺いたいんですが・・。」
一樹は、スナックのママ、といってもかなりの高齢の女性だったが・・に切り出した。
「客かい?そうじゃないなら出ておいき!」
ママはこちらを見る事もなく、タバコをふかして怒鳴るように言った。
「ああ・・すみません・・じゃあ、水割りをください。」
ママは返事もせず、水割りを作り、カウンターに置いた。一樹は、薄暗い店内の狭い通路をゆっくりと進みながら、その水割りを手にしてカウンター席に座った。そして、一口、水割りを口にした。
「無作法ですみません・・ちょっと情報を集めていて・・ああ、そうだ。」
そう言って、警察手帳をちらりと見せた。
「何だい、サツか・・・。あんまり気持ちの良いもんじゃないね。」
不機嫌そうにママは答えた。

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