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3-17 陽動捜査 [同調(シンクロ)Ⅱ-恨みの色-]

「ママ、ここらには新龍会は顔を出していませんか?」
一樹は、もう一口、水割りを飲んでから訊いた。
「さあねえ・・。」
ママはそう言うと、ちらりと奥の席へ目線を向けた。
「いや・・今、綾部という男を探しているんです。確か、組長・・いや、社長らしんですが・・。殺人事件の重要参考人なんです。若い頃に、十勝で酪農一家を惨殺して・・その時の弟分も殺害、つい先日は、警官殺し・・やりたい放題なんです。」
一樹は、わざと大きな声で話しているようだった。ママはじっと聞いている。
「だけど、何処を探しても行方が掴まらない・・・ひょっとして、こういう店に隠れているんじゃないかって思ったんですがね。」
一樹は、そう言って、奥の薄暗い席を見た。奥の席には男が数人座っているようだが、雰囲気から見て、綾部ではなさそうだった。
「こちらも、目撃証言だけが頼りなので・・とにかく、居場所を知りたくて・・ママ、何か知りませんか?」
「ふん・・この店は昔っからそういう輩の出入はさせないようにしてるんだ・・話すことはないよ。さあ、さっさと飲んで帰っとくれ!お代はいらないよ。警察からお金をもらうなんぞ、寒気がするからね。」
ママはそう言うと、奥の厨房に入って行った。
一樹は仕方なく、グラスの脇に千円札1枚を置いて店を出た。
そして、少しふらふらとしながら、路地をさらに奥へ向かった。この先に、店はない。
ふいに、店の裏口から、小汚いジャンバーを来た背の低い作業員風の男が現れた。
「ここらじゃ見かけない面だが、一体何者だ?」
その男は、そう言うと、一樹の腕を強引に引っ張り、店の裏口の奥にある物置へ連れこんだ。
「組長を探しているようだが、良い情報がある。」
作業員風の男が言う。
「確かな情報なんだろうな?」
一樹が言うと、男は一樹の口を塞いだ。そして、一樹の目の前に手を出した。金の要求だった。
一樹は念を押すように確認した。男は、にやりとほくそ笑むだけだった。一樹は、スボンのポケットから1万円札1枚を取り出して渡した。
「組長は、今、洞爺湖の温泉でオンナと一緒に楽しくやってるだろうよ。」
「何という宿だ?」
「さあ・・そこまではな・・ところで、目撃者というのはなんだ?」
「十勝の殺人事件の生き残りさ・・ちょっと怪我をして・・恵庭の病院に居る。その娘が、顔に痣のある男がやったと証言した。龍の模様のバッジも覚えていたから、間違いない。まあ、このまま、居場所がわからなくても、すぐにも指名手配できるんだが・・。」
「そうかい。」と男は言うと、一樹の腹を必発蹴り上げて、逃げて行った。
「覚悟はしていたが・・ちょっと利いたな・・・。」
一樹は、しばらくすると、ゆっくりと立ち上がり、表通りに出て行った。
表通りでは、松山と森田が、一樹を探していた。
洋服が汚れているのを見つけて、松山が訊いた。
「どうしたんです?」
「まあ、ちょっとしたトラブルさ。だが、上手くいった。」
一樹は洋服の汚れを払いながら答えた。
「めぼしい情報はありませんね。報復を恐れてなのか、皆、口が重い。」
森田が恨めしそうに言った。
「かなり酷いやり方で、みかじめ料を取り立てているんでしょう。」
松山も同じだった。
「まあ、いいさ。そんなもんさ。この聞き込みは情報を得るためじゃないんだ。」
一樹が言う。
「どういうことです?」と森田。
「こんな見も知らぬ土地で、簡単に情報が取れるわけはない。それは、地元の警察に任せておけばいいさ。」
一樹は含みを持った言葉で答えた。松山と森田は理解できないと言いたそうだった。
「さあ、すぐに病院へ行こう。」

一樹は森田たちと病院へ向かった。途中、吉武刑事にも連絡をした。
病院に着くと、亜美がレイと一緒に、玄関口で待っていた。
「どういうこと?」
亜美は少し機嫌が悪い。
「どうだ?用意はできたか?」と一樹。
「ええ・・病院側も協力してくれることにはなったけど・・でも、くれぐれも慎重にと釘を刺されたわ。」
一樹は、改めて、松山や森田にも経緯を説明した。
「繁華街で聞き込みをしたのは、捜査情報をわざと流してやるためだったんだ。案の定、繁華街の路地で怪しい情報屋が絡んできた。最初は、組長の居場所の情報だと近づいてきたが、実際のところは、こっちの動きを知りたいようだった。そいつには、目撃証言は決め手になってすぐにでも指名手配する事、そして、目撃者は病院に居るという事を話してやった。これを訊けば、必ず、綾部は動くはずだ。」
「上手くいくでしょうか?」と松山。
「このまま手をこまねいているはずはない。きっと来るさ。」
「吉武刑事には?」
「ああ、事情は伝えてある。病院周辺に、かなりの人数を配置したそうだ。車両の監視もされている。組の事務所にも貼り付いているはずだ。さあ、こっちも準備をするぞ。」
一樹はそう言って病院を見た。
「吉武さんから連絡です。」
松山が携帯電話を取り出した。
「わかりました、すぐに準備に入ります。」
そう言って松山は電話を切った。
「事務所から黒いワゴンが出かけたようです。誰が乗っているかはわからなかったようですが。車両監視システムで、追尾しているそうです。こちらに近づけばすぐに判るはずです。」
「わかった。松山は吉武さんと連絡を取って動きを伝えてくれ。・・さあ、亜美、行くぞ。」
一樹は亜美たちととともに病院へ入った。

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