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2-30 いざ紀伊国へ [アスカケ外伝 第1部]

「先の皇、葛城皇が、大和の南を治めるため、巨勢一族を、国造として遣わしたのだが、大和争乱の際には援軍も出さぬままであった。此度、弁韓の水軍に攻められた際にも、手も足も出ないようでは、紀之國は大きく乱れているかもしれぬ。隣国、那智一族も伊勢一族も、紀の国の有り様に気を揉んでいるようだ。充分に、気を付けるのだぞ。」
出航の日の朝、摂津比古は、支度をしているタケルたちの許に来て、そう告げた。
「何か、争乱のもとになっていることがあるのでしょうか?」
と、タケルが訊く。
「いや、争乱ではない。もともと、紀の国には、水運の要衝地が多く、特に、和歌の浦は諸国の者が移り住むことも多く、それぞれに集落をつくり、住み分けているようなところなのだ。巨勢一族が遣わされた頃は、皇の力も弱く、国造としても手出しできない事が多かった。国としてのまとまりが弱いのだ。」
摂津比古が、さらに続けて答える。
「此度、其方たちには、荒らされた郷を助けるだけでなく、紀ノ國の有り様をじっくりと見てきてもらいたいのだ。」
「紀の国の在り様ですか・・」とタケル。
「紀の国には、外海に開いた良き港が多く、大川を遡れば、大和国の都までも近い。此度のように、外敵が入り込めば、忌々しき事となる。ヤマト国の安寧には紀の国は大事な場所なのだ。今後、どうすべきか考えねばならぬ。」
摂津比古の言葉に、今回の仕事が、タケルが思いついた以上に大きな役割だということを再確認した。
タケルたちは、堀江の庄の船着き場に向かい、すでに支度を整えた者達が待っていた。
タケルたちが船に乗り込むと、甲板に多くの者が並んだ。
「舵取りは、港主タツヒコ様からご紹介いただいた、イカネ様に勤めていただく。もともと、紀ノ國の生まれ。大船で明石やアナトまでも行かれたことがあるそうだ。」
ヤスキが紹介すると、大きな歓声が上がる。
「水先案内人は、ニトリ様にお願いする。弁韓の水軍に囚われておられたが、和歌の浦の漁師と聞いている。あの辺りの海にはお詳しいそうだ。」
再び、歓声が上がる。
「そして、皆の頭領は、シルベ様にお願いする。漕ぎ手や帆守り、荷運び、この船の中の仕事を仕切っていただく。先の戦では、シルベ様のお働きで命拾いした者も多いはず。シルベ様はもともと兵士である故、万一の時には将となっていただくつもりだ。」
紹介されたシルベは、ヤスキの脇に立ち、大きく拳を上げる。それを見て、大きな歓声が上がった。
「それから・・ヤチヨが厨長として、皆の食事や船での暮らしを守る役をしてもらう。そして、チハヤは医長である。この二人の機嫌を損ねると、生きていけぬぞ。」
甲板の男たちが笑う。ヤスキは、皆の歓声に、少し調子に乗ってしまったようで、ヤチヨとチハヤから睨まれてしまった。
「ええ・・・そして、この船の長は、私、ヤスキが務めさせてもらう。」
これには、どよめきと歓声が混じる。
当初、この任務は、タケルが発案し摂津比古に許しを得たものだった。
タケルたちは、支度を進める二週間の間に、それぞれの役割を相談していた。紀の国へ向かい、弁韓水軍に囚われていた者達を故郷へ戻し、荒らされた郷を復興させるだけではない。この仕事を通じて、弁韓・辰韓の人々の生きる術を作る事も大事な役目だと理解していた。だからこそ、全ての仕事を取りまとめるのは、タケルの役割と定め、船長はヤスキと分担したのだった。さらに、今朝の、摂津比古の言葉から、ヤマト国の安寧のために極めて重要な仕事なのだと改めて認識していた。だからこそ、それぞれの果たすべき役割を明確にすることが必要だと思っていた。
「・・それと、この船の掟として皆さんに守ってもらいたい事がある。ひとたび、海へ出れば、生きるも死ぬもともにある。この船には、ヤマト人、辰韓人、弁韓人が乗り合わせている。これまでの軋轢は忘れ、常に、伴に助け合う事。言葉が通じなければ、互いに教え合う事。良いですね。」
隣で聞いていたジウが、韓の言葉で、辰韓・弁韓の者達に伝えた。まだ、馴染んでいない辰韓と弁韓の者達は、互いに見合っていた。それを見て、ジウが何か言った。
しばらくすると、辰韓と弁韓の若者が、手を握りあい、肩をたたき合った。それを見て、他のものも互いに手を握り合い、肩を叩き合った。つられて、紀の国の者達も同じ仕草をした。船の中は、多くの者達が入りまじり、終には、肩を組んだ。
「おい、ジウ。皆に、なんて言ったんだ?」
ヤスキが、小声でジウに訊く。
「ここに、辰韓、弁韓はない。皆、同じ人間。大きな家族。と言ったんです。」
「そうか・・大きな家族か・・。」
ジウの言葉を聞いて、タケルは感心した。
「よし、タケル。皆に、挨拶するんだ。」
ヤスキが言う。タケルは甲板の一段高い所に上がった。
「皆も知っている通り、私は、ヤマト国皇子タケルです。此度、紀の国復興の任を任されました。ここに集う皆様の力無しでは、この大仕事は成し得ないでしょう。どうか、皆で助け合い、良き仕事をいたしましょう。」
これまでで、最も大きな歓声が上がった。
「よおし、さあ、出航だ。皆、配置に就け!」
ヤスキが号令を掛ける。男たちは、漕ぎ手、帆守りなど分かれていく。綱が外され、ゆっくりと船が岸を離れる。タケルとヤスキ、ヤチヨ、チハヤ達は、甲板から堀江の庄を振り返ると、多くの人が見送っているのが見える。水路から江ノ口へ向かう途中、両岸には小舟に乗った人たちが歓声を上げて見送っている。
古代船.jpg
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