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3-1 加太の瀬戸 [アスカケ外伝 第1部]

タケルたちを乗せた船は、難波津の港を出て、南へ下る。
左手には、和泉の山並みが続き、ところどころに小さな集落が見える。右手には、淡路の島影がぼんやりと見えている。途中、波の穏やかな小さな港に入り、休んだ後、二日目には島が連なる水道(瀬戸)に入る。
水先案内人を務める、ニトリが前方を指さす。
「あの岬を超えたところが、加太の瀬戸です。右手に連なる島伝いに行くと、淡路、阿波国へと向かいます。ここは岩礁も多く、流れも複雑ですから、ゆっくり潮目を見て進みましょう。」
穏やかな春の日差しが甲板に満ちていて、船は順調に進んでいく。
「あの辺りは、魚がたくさん取れるのです。潮の流れが強く、身が引き締まった鯛などは絶品です。たしか、住吉津辺りからも、漁師が来ると聞いています。ただ、潮の流れが複雑で、手慣れたものでないと難しい場所です。」
船はゆっくりと、瀬戸に入っていく。これまでとは違い、まるで川の中にいる様な強い流れが、甲板から見下ろした海面からも判るほどだった。
「ここを超えると、左手に、加太の郷があります。今日はここで船を止めましょう。」
潮の流れを超えるとすぐに穏やかになり、左手に船を向けると、小さな集落が見えた。岸に近づいていくと、壊れたり、焼けたりしている家屋が見えた。人影は見えない。
「ここの者が確かいたはずです。」
ニトリが言うと、すぐに、シルベに伝わった。漕ぎ手の中に数人、この郷の者がいた。船窓から郷の風景が見えたのだろう。数名の男は目を真っ赤にしている。
タケルは、岸へ向かうための小舟を降ろし、数人の男たちと乗り込んで郷へ向かった。
船着き場には、漁に出るための船が止められている。船着き場に着くと、男たちは飛び降りて、自分の家に向かっていった。
タケルも、陸へ上がり、港の様子や家屋の様子を見て回る。
「これは酷い。」
つい、口を突いて出た。
船着き場から郷へ繋がる道沿いの家は、戸口の板が壊れ、家の中が荒らされている。ところどころ、焼けている家もある。だが、亡骸も見えない。郷の者達はどこかに逃げ隠れているのではないかと思った。
しばらくすると、男たちが戻ってきた。その後ろに、女人や子どもの姿も見えた。
「タケル様、皆、無事でした。皆、氏神様の祠の奥に隠れておりました。大船を見て、慌ててまた隠れたようです。」
タケルたちが使っている船は、元は、弁韓の軍船。不安に思い、隠れるのは仕方ない事だった。
「ただ・・みな、腹が減っているようです。弁韓の兵たちに米や稗等を奪われ、漁に出る我らも囚われ、苦労していたようです。」
それを聞いて、タケルは頷き、言った。
「我らは、ヤマト国、難波津宮より、皆様をお助けせよとの命を受け、参ったものです。郷を荒らした弁韓の水軍は難波津にて打ち負かし、もう、襲われることはありません。安心してください。これより、郷を立て直しましょう。」
タケルは、すぐに小舟を帰し、船倉から米を運んできた。その船には、ヤチヨやチハヤの他、数人の侍女も乗ってきていた。大船にいた男たちも、大勢がやってきて、郷の者と共に、家々の片付けを始めた。チハヤは、怪我をしている者や体が弱っている者を診て、手当をした。
日が暮れる頃には、片付けもあらかた終わり、ヤチヨ達が作った料理も出来上がった。久しぶりの食事なのだろう。皆、黙々と食している。そして、安堵したのか、涙を流している者もいる。大船で郷へ戻れた男たちは家族とともに再会を喜んでいる。
ひとりの若い女性が、タケルの傍に来た。長い黒髪を一つに束ね、色白で、漁師の娘とは思えない美貌である。まだ、幼さを持ったタケルには、随分、年上の女人のように感じていた。
「私は、ツルと申します。」
そう言うと、悲しげな表情で、続けた。
「初めに、和歌の浦の塩屋の郷が襲われました。私は、西の浜に居り、他の郷へ一刻も早く知らせようと、名草や西の庄などへ向かいました。最後にこの加太の郷へ来ました。ここよりも、もっと酷い有り様の郷もあります。どうか、皆様の御力をお貸しください。」
「そのために参りました。一つ、伺いたいのですが、国造様はいかがされているのでしょう。」
タケルは、ツルに訊いた。ツルは暫く考えていた。
「国造様は、大川を上ったところ、直川の郷に館を構えて居られますが・・。海辺の事はご存じないでしょう。例え、ご存じだとしても、出て来られることはないでしょう。」
「それは?」
「ここは、昔から、淡島一族と紀一族で治めて参りました。海の事は淡島一族、山の事は紀一族。そう決め、互いに助け合い暮らしております。国造様が来られる遥か昔から、そうして来たのです。今、この地を治めているのは、紀一族のユミヒコ様と・・私の父、ヤシギです。…父は、兵を率いて水軍と闘いましたが、どうされているか・・・。」
「紀一族からの援軍は無かったのですか?」と、タケルが訊く。
「昨年、大川が溢れ、多くの郷が水に浸かり、男手も少なく、難しかったのでしょう。」
ツルは知る限りの事を話した。摂津比古から聞いた通り、紀の国は、大和や難波とは違い、国としてのまとまりができていないようだった。
「ツル様、これから私たちとともに働いていただけませんか?ここらの郷に詳しいようですし、長様にもお会いしたいのです。」
タケルの頼みに、ツルは、快く引き受けた。
タケルは、夜のうちに、大船に使いを出した。
「船長、タケル様からご伝言です。・・タケル様達は、陸から郷を回られるようです。大船から、本日のように、米や衣服などを順次運ぶようにとの事でした。足りないようであれば、一度難波津へ戻り荷を運んできてもらいたいとも言いつかりました。」
ヤスキは既に、心得ていて、シルベと相談していた。大船は当面、この場に留め置き、加太・西の庄・名草等の郷ごとに、その郷の男を長として、手伝いをする辰韓の者も分けていた。また、運搬役には弁韓の男たちが当てられていた。
次の日から、一気に、仕事が始まった。
加太の瀬戸.jpg
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