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3-2 和歌の浦 [アスカケ外伝 第1部]

タケルは、ツルの案内で、加太の郷から西の郷、古屋の郷と一つずつ、様子を確認し必要な手当てをしていった。
一週間ほどすると、難波津から幾隻もの船が、山ほどの荷物を積んで、和歌の浦に着いた。
「紀の国で、必要なものは難波津で用意するから、心おきなく、復興に尽力せよと、摂津比古様から、言いつかりました。」
船を率いてきたのは、辰韓の館主ウンファンだった。脇には、罪人のシンチュウが神妙な顔をして立っていた。ウンファンが、シンチュウに何か指図すると、シンチュウは急ぎ、周囲の者を集めて何かを告げる。弁韓の兵らしき男達が、船を岸に着けると、すぐに荷物を運び始める。シンチュウも、一緒に荷を運んでいる。
「奴は、今、私の片腕としてしっかり働いております。あれだけの財を成せる知恵があるのですから、心を入れ替えれば、きっと役に立てましょう。」
ウンファンは、シンチュウを見ながら嬉しそうに言った。タケルはそれを聞き安心した。
「ところで・・ジウはお役に立てておりますでしょうか?」
ウンファンは、周囲にジウの姿がないか、視線を送りながら心配気に訊いた。
「ええ・・辰韓と弁韓の仲立ち、ヤマトの皆さんとも、心を通じていただき、助かっています。それに、辰韓の方も弁韓の方も、ジウ様を信頼されて、しっかり働いておられます。おかげで、随分と仕事が進みました。」
タケルは満足げに応えた。
「それは、良かった。タケル様たちの愛で纏いになっていないか、心配でしたが・・。」
ウンファンは、そう答えると、「他の郷へも荷を届ける」と言って去って行った。
加太の郷から、小高い峠を越え、西の郷、古屋の郷に入ると、長い砂浜が続いていた。
砂浜の東側には、紀の川が運んでくる土砂が堆積して、小高い丘ができていて、ちょうど堤防の役割を果たしていて、川はそこから大きく湾曲し、和歌の浦がある小山と名草山の間を抜けて、海へと流れこんでいた。
広瀬の郷は、その和歌の浦の小山の麓にある。小山が風よけになり、良い港となっていて、加太の郷より一回り大きな郷だった。
いくつか蔵も並んでいるが、いずれも、弁韓の兵たちに襲われたために、焼け落ちていたり、戸口が壊され、中にあった物は全て盗み出されたりしていた。
港に入った時、岸に着いた船を見て、ツルが「あっ!」と叫んで、両手で顔を覆い、その場にしゃがみこみ、突然、涙を流した。
桟橋にいた男が、ツルの様子に気づき、手にしていた荷物を放り投げると、ツルに駆け寄った。男は、ニトリだった。
「ツル様!ご無事でしたか・・・。良かった。」
ニトリもその場にしゃがみこみ、ツルの肩を抱いた。
荷物を運んでいた数人の男が、それを見て立ちすくみ、同じように涙を流している。
「ニトリは、ツル様の想い人。水軍が攻めてきた時、ツル様たち、この郷の皆を守るためにニトリは真っ先に船を出し、水軍に挑んだのです。我らも共に戦いましたが、こちらには剣も弓もなく、銛で闘う程度。とても敵うものじゃなかった。」
荷を運んでいた人夫の一人が、ぼそりとタケルに言った。
タケルたちは、応急で作られた小さな小屋の中で、経緯を今一度聞くことにした。
「ひと月ほど前です。沖に、大船が現れ、しばらくして、何隻かの船がたくさんの兵を乗せて、和歌の浦へ入ってきました。初めに、対岸にある名草の郷を襲いました。ほとんど逃げる事も戦う事もできず、多くの命が奪われました。」
ツルは、思い出すと今にも涙を溢しそうになる。それを、ニトリがそっと支える。
「それから、次々に、浜伝いの郷を襲いました。郷には、兵は居りません。戦うとしても、漁に使う道具くらいです。私の父も、一族の男たちとともに、戦いに向かいましたが、敵うはずもなく、大怪我をして命からがら戻りました。私は、父の命令で、水軍の兵より早く、浜伝いに郷を回り、逃れるように伝えました。」
「なんと・・ヤシギ様は大怪我をされておるのか・・」
ニトリは、弁韓に囚われたために、浜での戦いが、どんなものだったか知らなかった。まして、頭領ヤシギの命が危ういとは知らずにいたのだった。
「ニトリ様は、名草の郷が襲われた時、誰よりも先に兵に向かわれました。その後、戻ってきた者はなく、ニトリ様も御命は無いものと思っておりました。こうして再びお会いできるとは思っておりませんでした。」
ツルは、タケルたちに話しながら、涙を溢している。ニトリもツルの話を聞き、涙を溢した。
「ツル様、御父上の容態は如何なのでしょう?」
話を聞いていた、チハヤが訊いた。
「私は、加太の郷で隠れておりましたので・・その後の事は判りません・・。」
「すぐにお父様のところへ行きましょう。私には薬草の心得がございます。何かできることがあるかもしれません。」
チハヤはツルを気遣い言った。
「いえ・・もはや、生きてはおられぬものと諦めておりますから・・。」
ツルは、はっきりとした口調で答える。
「ツル様、ダメです。まだ、そうと決まったわけではない。私もこうして生きて戻りました。さあ、急ぎ、館へ向かいましょう。」
ニトリがツルを説得する。
「でも、父は・・・。」
「大丈夫です。ちゃんと話せばわかってもらえるはずです。」
二人は、何か二人だけしか知り得ぬ秘密を抱えているようだった。
「私も、紀の国がどうなっているのか、淡島の頭領からお話を伺いたいのです。国造様もどうされているのか、つぶさに知りたいのです。是非案内してください。」
タケルの言葉に、ツルもようやく納得して、淡島一族の館へ向かうことにした。一族の館は、和歌の浦の二つ並んだ山の谷間の、少し小高い場所を拓いて建てられていた。
和歌の浦.png

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