SSブログ

3-9 ニトリの秘密 [アスカケ外伝 第1部]

「申しわけありません。」
ユミヒコの憤りに、タケルは、つい謝罪の言葉を出してしまった。
「そなたが、なぜ、謝る?」
ユミヒコは不思議そうな表情を浮かべ、タケルに問う。
「私は・・・実は、ヤマト国の皇子なのです。」
思わぬ言葉に、皆が大広間にいた皆が驚いた
「母は、皇アスカ、父は摂政カケル。先代の皇、葛城王が任じたとはいえ、それを放置しているのは、ヤマト国の失策です。皆さんの苦難はヤマトの不始末に他なりません。お詫びするほかありません。」
タケルはそう言うと、皆に向かって、深々と頭を下げた。
タケルが皇子だということを、知っていたのは、シルベとクマリだけで、ツルやニトリも知らなかった事だった。皆は、戸惑いを隠せない。
「此度は、難波津の摂津比古様の命により、一人の使者として参りました。この地へ来るまで、このようなことになっているとは知りませんでした。難波津でも、都でも知る者はいないでしょう。・・巨勢一族は、先の皇、葛城王が任命した者。その皇もすでに亡くなりました。摂政様は、紀の国の様子はおそらくご存じないはずです。巨勢一族も、自らの悪行は隠しているに違いありません。」
タケルの話を聞き、頭領ユミヒコは天井を見上げ、大きな溜息をついた。
「我らの苦難は誰も知る事の無いものだったとは・・・。」
「この償いはせねばなりません。何としても、巨勢一族の悪行を止めなければなりません。ですが、今の私に何ができるのか・・。」
タケルは正直に今の心情を話した。
「ただ・・争乱だけは避けねばなりません。兵だけでなく、民も田畑も傷つき、暮らしはおぼつかなくなります。」
タケルが言う。
「それは、私とて同じ。ただ、長い間、巨勢一族に虐げられ、土地を奪われた者、命を奪われた者が多くいる。その恨みは簡単には消えぬ。巨勢一族をこの地から追い出す事・・いや、奴らの滅亡こそが、多くの民の悲願。」
「しかし・・」とタケル。
「では、如何する?」とユミヒコ。
タケルは、沈黙した。
ユミヒコの言うことは、充分に理解できた。
淡島一族の頭領ヤシギも、おそらく、同じ思いに違いない。名草の郷を元通りにしても、おそらく、今のままでは早晩、争乱が起きる。紀一族や淡島一族の頭領が戦を避けようと考えたとしても、民の怒りを消す事はできず、何かをきっかけに争乱が起きるに違いない。ヤマト国の皇子として、巨勢一族に命令したとしても、大人しく従う事ははずもないのは充分に解っている。都の摂政の御力に頼るほかないのかとも考えた。だが、それは別の火種となり、次は大和の大きな争乱につながるかもしれない。
一体どうすれば良いのか。タケルは考えが纏まらない。
「今、この地には、難波津から多くの者が来ております。その中には、弁韓の兵士だった者もおります。私も元兵士。数を集めれば、巨勢一族とて、恐れおののき、降伏するに違いありません。」
そう言ったのは、シルベだった。
「いや・・それは無理であろう。・・・巨勢一族の男どもはほとんどが兵士なのだ。幾度も戦をした強者揃い。そうやすやすと降伏などしない。」
ユミヒコが否定する。
「では、ヤマトの摂政様に、この地の実情、巨勢一族の悪行をお知らせし、成敗いただくというのはいかがでしょう?」
シルベはさらに言う。
「成敗となれば、ヤマトから大軍を送り、巨勢一族と戦を起こすという事になりましょう。そうなれば、名草の郷も巻き込まれるに違いありません。」
と、タケルが言う。
「では、どうすれば・・」
と、シルベは諦め顔で言った。
「巨勢の頭領、ハトリに会いに行きましょう。」
沈黙を破ったのは、ニトリだった。突然の発言に、皆、驚いた。
ニトリの顔が少し強張っている。隣に座っていたツルの表情も硬い。ニトリは、一度、ツルの方を向き、何か確認するような仕草を見せたあと、立ち上がり、ぐるりと見渡したあと、さらに話を続けた。
「私は・・巨勢一族の頭領ハトリの弟なのです。」
皆がどよめき、表情が厳しくなる。
「これまでの巨勢一族の悪行、皆様の怒りや恨みはよく判ります。私は、それを知り、一族とは縁を切り、広瀬の郷に隠れておりました。」
隣にいるツルは、俯き、涙を流している。
「しかし・・このままでは駄目だと・・心を決めました。今一度、兄に会い、説得します。もし、聞き入れなければ、兄の命を奪い、巨勢一族を終わりにします。」
皆、ニトリの言葉をどう受け止めてよいか判らず、声が出ない。真意は判るが、兄弟で殺し合いとは穏やかではない。それがきっかけで戦が起きるかもしれない。
「ニトリ様、御覚悟はよく判りました。しかし、兄の命を奪うというのはいけません。」
タケルは、ニトリに言った。
「兄は、簡単に、話が通じる相手ではありません。我が欲のためなら、命を奪うなど造作もない事だと考えるような非道な者なのです。」
「それなら、一層、ニトリ様と共にはいけません。」
タケルは厳しい声で言った。
アスカの兵士.jpg
nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント