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3-8 頭領ユミヒコ [アスカケ外伝 第1部]

「頭領様に会わせていただけまいか。」
シルベは兵たちに頼んだ。
「頭領に会って、どうされるおつもりですか。」
若い兵士にそう聞かれて、シルベは言葉に詰まった。確かに、今、紀一族の頭領に会って何を話せるというのか、戦支度を勧めるのか、それは火に油を注ぐことになる。
「シルベ様、我らの目的は、名草の郷がどのような様子なのか調べて、タケル様たちにお知らせする事です。もう少し、この辺りの様子を見て回りましょう。それから、一旦広瀬に戻り、これからの事を相談しましょう。」
そう言ったのは、伴をしてきたクマリだった。
すぐにシルベとクマリは、名草山と大川の間に点在する集落を一つ一つ見て回る事にした。念のためと言って、若い兵士も同行した。
「私は、マトリと申します。我が郷は、名草山の裏側の和田というところです。そこは、山と山に囲まれた窪地で、此度の水害では、一帯が沼となってしまいました。郷の者は皆高台に逃れ無事でしたが、田畑は見る影もなく・・・今頃は、泥濘の中で田畑の復旧をしているはずです。」
マトリはそう話して、自分の郷を案内した。マトリの言葉通り、和田の郷では、道は泥濘み、油断すると足を取られて動けなくなるような場所さえあった。そんな中、郷の者達は懸命に土を運び、修復作業をしていた。
そのあと、三人は、山裾沿いに北へ向かい、井辺、鳴神、岩橋と回ったあと、最後に、黒田の郷に戻った。
「これは大仕事だ・・。今いる者だけでは到底足りぬ。難波津からさらに人手をよこしてもらわねばなるまい。」
シルベは、クマリとマトリを伴い、一旦広瀬に戻る事にした。
広瀬の郷に戻ると、すぐに頭領の館へ向かった。タケルたちは館の一室に集まっていて、シルベの話を聞き、これからの事を相談した。
「私たちもヤシギ様から紀ノ國の様子を聞いたところです、このままでは争乱が起きるでしょう。無益な戦だけは避けねばなりません。」
タケルたちはヤシギから話を聞き、策を考えていたのだった。
「ですが、その前に、名草の復興に尽力しなければなりません。水害は、我らが思う以上に深刻です。名草一帯、かなり酷い状態でした。すぐにも、難波津に使いを出し、さらに人手をよこしてもらいましょう。」
シルベが言う。
「明日には、ウンファン様が大船で到着されるはずです。すぐに伝えましょう。我らも、人手を集めて、名草へ向かいましょう。」
次の日、大船でやってきたウンファンに、名草の様子を伝えた。同時に、紀の国造巨勢一族の所業についても摂津比古に伝えてもらうよう頼んだ。それから、タケルたちは、できる限りの人出を集めて、名草へ向かった。
タケルたちは、マトリの案内で、紀一族の頭領ユミヒコに謁見することができた。頭領に会うのならと、淡島の頭領ヤシギの配慮で、ツルとニトリも同行していた。
紀一族の頭領ユミヒコがいる館は、日前山の尾根沿いの高台にあり、ぐるりと郷を見渡せる。そこは、シルベが、兵たちに出くわした場所から、さらに山手を上ったところだった。
タケルたちは、館の大広間に通された。暫くすると、奥から頭領ユミヒコが姿を見せた。白髪で白い髭を蓄え一見かなりの高齢に見えた。
「ユミヒコ様・・その御髪と髭・・どうされたのですか?」
久しぶりに会うツルが驚いて尋ねる。ユミヒコは少し笑顔を見せ、小さく頷き、
「・・・気苦労のせいであろう・・一晩でこのように白くなったのだ・・」
そう言って、淋しげな表情を浮かべながら笑った。すでに、クマリからタケルたちが来た目的は伝えられていた。
「此度は、遥か難波津より、淡島の郷や我らの郷のために、お越し下されたとは・・民に代わり、深く礼を申します。見てのとおりの有り様、藁ら郷の者だけでは到底元通りにはできますまい。ご尽力、痛み入ります。」
頭領ユミヒコは深々と頭を下げた。ユミヒコは、実に物腰が柔らかく、表情の柔和で、とても臨戦態勢の中で警戒しているようには見えなかった。
「我らは、紀の国の窮状を救うよう命を受けております。存分にお使いください。」
タケルが言うと、ユミヒコは、クマリを呼んで、今の郷の様子を改めて聞いた。そして、ひとしきり思案して口を開いた。
「では、和田の庄から手を付けて下さらぬか・・。かの地は、我らにとってはどうしても守らねばならぬ場所。何としても元に戻したいのです。」
名草の郷を一回りしてみてきたシルベも、頷いて言った。
「泥濘が酷く、動くこともままならぬ地でした。ですが、その分、水に恵まれ周囲の山々の恵みも大きい。土を運び入れ、水路を整備すれば、見違えるほど良い土地になりましょう。」
すぐに、伴に来た人夫たちに知らされ、クマリが先導して、和田の庄へ向かって行った。
「ところで・・。」
と、タケルは、巨勢一族との事を切り出した。とたんに、頭領ユミヒコの顔が曇る。
「我らは、戦など望んではおらぬのです。ただ、先祖から受け継いできたこの郷を守りたいだけ。・・・だが、巨勢一族は、虎視眈々とこの地を狙っておる。今、我らは戦を構えるほどの力などない。民も日々不安の中で暮らして居るのです。」
「それほど、油断ならぬ者なのですか?」と、タケル。
「国造と名乗り、三代にわたり、この地を荒らし、多くの郷と民の命を奪いました。ハトリが頭領となって、さらに無軌道になっておる。・・ヤマトは、なぜ、あのような者を放置しておるのか・・。」
頭領ユミヒコの言葉は、これまでになく、強く、ヤマト国への憤りをあからさまにした。
水没した田畑.jpg

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