SSブログ

1-31 化身 [アスカケ外伝 第2部]

イカヅチとタケルのやり取りをじっと聞いていたヒナ姫は、イカヅチが館を出るのを確認すると、タケルに言った。
「一刻も早く、ここを出ましょう。あいつの言いなりになってはいけません。」
タケルもヤスキも、ヒナ姫の言葉に驚いた。
「しかし・・ヤスキの体はまだ満足に動けるまでにはなっていません。・・それより、イカヅチ様は、あなたをお守りされていたのではないのですか?」
タケルがヒナ姫に訊いた。
「私は、人質です。イカヅチは、大高の郷を我が物にしようと画策し、イソカを引き入れ、父を誑かし、それに気づいた母を殺しました。兄は、いち早く逃れましたが、私は人質となりました。」
「正気を失っておられたわけでは・・」とヤスキが訊く。
「いえ・・先日までの事は何も覚えておりません。目の前で母が切られた事は覚えておりますが・・それからの事は・・ぼんやりとしていて・・。タケル様のあの御力で我に返ることができました。」
ヒナ姫はしっかりとした口調で話す。
「我らも今朝がた、怪しい動きを知りました。・・それを確かめるために、サトル殿が大高の郷へ向かいました。・・夜には戻ってくるはずです。」
と、タケルが言う。
「それでは、逃げる機会を失います。一刻も早く、ここを出なければ・・。」
ヒナ姫は、思い詰めて表情を浮かべて言う。
タケルはどうすべきかを考えながら、戸板の隙間から外を見た。森の中に人影が見える。一人ではない。数人の男達が館を見張っている。
「ヒナ姫様・・館の周りには見張りが居ります。イカヅチの指図でしょう。」
怪我をして満足に動けないヤスキと、ヒナ姫を守りながら、あの男たちの手から逃れられるだろうか。・・いや、逃れなければならぬ。タケルはそう決意した。あの人狼の力を使えば、数人の男を蹴散らすことはできる。その後、山を下り、いずれかの郷へ身を隠せば・・と考えた。
「ヤスキ・・。」
タケルはそう言って、ヤスキを見る。ヤスキも、タケルの考えが判った。
「大丈夫だ・・歩くことはできる。」
身を起こし剣と弓を持ち、何とか立ち上がった。
「ヒナ姫様・・これから起こる事は、ヤスキとあなたの御命をお守りする為の事です。どうぞ、ご理解ください。」
タケルはそう言うと、剣に手を掛ける。そして、目を閉じ祈る。しばらくすると、剣が光を発し始めた。それと同時に、タケルの体に異変が起きる。腕や足の血管が浮立ち、一回りも二回りも太くなっていく。背中の筋肉が盛り上がり、顔つきが変わる。
「グルルル・・。」
獣のような唸り声が響くと、タケルは戸板を蹴破り、外へ飛び出した。森に潜んでいた男達も、何事かと驚き、剣を構える。
「ウオー!」
タケルが雄叫びを上げる。
見た事もない巨大な獣のような人、いや人のような獣が目の前に立っている。見張りの男たちは、皆、腰を抜かし、その場にへたり込む。獣人タケルは、剣を高く掲げ、もう一度雄叫びを上げた。へたり込んでいた男たちは、我先にと、茂みの中に身を隠す。獣人タケルは、掲げた剣を左から右に大きく振った。すると、剣が起こした疾風が茂みを切り払い、隠れていた男達が姿を見せる。その中で、ひと際体の大きな男が、立ち上がり、剣を構えた。
「止めとけ!敵いっこないぞ!」
周囲の男が止めようとする。しかし、覚悟を決めた男は、剣を振りかぶりタケルに切りかかった。タケルは、剣でその男の剣を受け止める。ガキンという音とともに、切りかかった男の体が宙を舞う。そして、崖の下まで転がり落ちた。それを見た男たちは、剣を投げ出し、飛ばされた男の後を追うように、崖の下に降りて行った。
周囲に他の者の姿はない。タケルは、獣人の姿のまま、館に入り、ヤスキを脇抱え、ヒナ姫を背負い、一気に、山道を駆けだした。いや、カケルというより高く飛び上がりながら、木々の間をすり抜けていく。あっという間に、館が見えなくなった。
暫くして、力が弱まっていくと、タケルは元の姿に戻り、二人を降ろした。全身が泥のように重く、動けなくなっていく。座り込んだところは、沢の陰だった。座り込んだタケルを見て、ヒナがすぐに沢で水を掬い、タケルに飲ませる。そして、ヤスキにも飲ませた。
ヒナ姫は、獣人に化身したタケルを見て、怖れを抱きながらも、背負われて山中を逃げている時に感じた温かさを思い出していた。幼い頃、父に背負われ遊んでもらった想い出と重なり、胸の中に温かいものが溢れてくるようだった。
「怖れることはない。あれが、皇子タケル様の御力。大事なものを守る時にしか使えない。タケル様は我らの事を守るために、あのような姿に化身されたのだ。」
岩を背にどうにか姿勢を保っているヤスキが、ヒナ姫に話す。
「ええ・・私も感じました。・・。」
ヒナは、疲れ果て動けなくなったタケルを見つめて言った。
「どこか、身を隠せるところを探さねば・・。」
ヤスキが言う。
「私が探してまいります。お二人は暫くここでお休みください。」
ヒナ姫はそう言うと、沢伝いに山を下った。
ほんの少し下ったところに大きな洞穴を見つけた。周囲に人家は無いようだった。日暮れが近づいている。このような山中で暗闇に取り巻かれれば、山の獣たちに襲われかねない。ヒナは、急いでに二人の許へ戻り、その洞穴まで二人を案内した。タケルは何とか自力で歩けるようになっていた。ヤスキはヒナに肩を借りて、どうにか洞穴まで辿り着いた。

nice!(1)  コメント(0) 

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント