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1-32 洞窟 [アスカケ外伝 第2部]

タケルたちが館を逃げ出して間もなく、イカヅチが兵を連れて戻ってきた。見張りの男を配置していたはずだが、誰ひとり、見当たらない。イカヅチは、慌てて館に入るが、もぬけの殻だった。一緒に来た兵の一人が、イカヅチに言う。
「崖の下に男が倒れております。」
すぐに男は引き上げられた。崖を転げ落ちた時、あちこちぶつかったようで、男の顔は晴れ上がり、足も折れているようだった。
「何があった?」
イカヅチは、怪我をした男を見下ろして訊く。
「獣が・・いや、獣のような・・化け物がいきなり現れて・・。」
男はその時の光景を思い出し、震えながら言う。
「化け物だと?・・言い訳するのなら、もっと、ましな話を考えろ!・・ヒナ姫たちはどうした?」
崖の下に転がった男は、「判りません」とだけ答えた。
「ウーム・・逃げられたか・・・」
その様子を、館の屋根の上から、サトルが聞き耳を立て、イカヅチと男の話を聞いていた。
「タケル様があの御力を使われたようだ・・。」
サトルは、そう言うと、今度はじっと山の方を見ながら聞き耳を立てる。近くに潜んでいるなら、息遣いなどが聞こえるはずだった。だが、何も聞こえない。
「随分遠くに行かれたか・・。」
サトルは一刻も早く、大高で聞いた話をタケルに伝え、野間へ向かっていただこうと考えていた。何とか、タケルたちの行方を探さなければならない。
館の前ではイカヅチが怒りをあらわにしていた。先ほど崖の下から引き揚げられた男は、見せしめにと、イカヅチに切り捨てられ息絶えた。共に来た、兵たちの顔が歪む。
「一人は深手を負っている。それほど遠くには行けまい。手分けして探し出せ。さもないと、お前たちも、やつのようになるぞ!」
イカヅチの形相はまるで鬼のようだった。兵たちは慌てて、方々に散らばり、タケルたちを逃げた後を探そうと走り回った。
サトルは、屋根の上から周囲の山を見渡してみた。自分ならどちらに逃げるか。サトルは、サスケから、獣人に化身した摂政カケルの話を聞いたことがある。人並み外れた跳躍力があり、怪力だという事を思い出した。そして、周囲の木々にじっと目を凝らした。いくつかの樹の枝が折れているのが判った。その後を丁寧に追ってみた。
「あっちへ行かれたようだ。」
サトルは、見つけた方向に向かって走りだした。兵たちに見つからぬよう、音を立てず、まるで鹿のように山の木々の間をすり抜けていく。しばらく行くと、立ち止まり、どこかで、タケルたちの足音がしないかと耳を澄ます。そしてまた、走り出し、同じ動作を、何度か繰り返した。しばらく行くと、沢に出た。周囲を見る。ところどころ、不自然に草が倒れている。タケルたちがここで休んだのは判った。そして、沢の周囲の様子を探った。
タケルたちは、ヒナ姫の案内で、沢を下り大きな洞穴に着いた。大きいと言っても入口はようやく人の丈程度だった。中は真っ暗だった。ヒナ姫がふとロコから火打石を取り出し、木を拾い松明を作る。松明の灯りが周囲を照らすと、洞穴は予想以上に大きく広がっていて、ずっと奥まで続いていた。
「ここで朝まで過ごしましょう。」
ヒナはそう言って、松明を置こうとして、はっと驚いた表情を浮かべる。
「どうした?」
ヤスキが岩に座りながら訊く。
「これを見てください。」
ヒナ姫が松明で照らした場所には、焚火の跡があった。そして、その周囲には薪が積まれている。奥の方を照らしてみる。甕や皿、椀なども片隅に置かれていて、明らかに誰かがここで暮らしていると判った。
「こんなところで暮らしているとは・・・。」
ヤスキが言うと、奥の方で物音がした。そして、松明の灯りが揺れながら近づいてくる。
タケルはようやく、元気を取り戻していて、近づく松明を見ながら、剣に手を置いた。危険が迫ってくるのなら、剣が光を放ち知らせてくれる。だが、剣は全く変化しない。
「何者!」
若い男の声が洞穴に響く。松明の灯りを反射して剣がきらりと光るのが見えた。その声を聞いて、ヒナ姫は、はっと声を出した。
「兄様?・・兄様ではありませんか?・・ヒナです。」
ヒナ姫は声を上げる。
「ヒナ?・・本当にヒナなのか?・・・」
松明の灯りを顔に近づける。照らし出された顔を見て、男はゆっくりと近づき、ヒナ姫の前まで来ると、自分の顔を照らす。髪も髭も長く伸び、衣服も薄汚れている。だが、瞳だけはキラキラと輝いて見えた。
「兄様・・どうして・・このようなところに?」とヒナ姫が訊く。
「イカヅチが追討の命を出したと聞き、身を隠すため、ここに。初めは、どこかの郷へとも考えたが、私が隠れる事で郷の民に災いが及ぶかもしれぬ。それなら、一人、見つからぬ場所でと・・。」
どうやら、強い覚悟でここに潜んでいたようだった。
「御無事でいらしたとは・・。」
もう会えぬものと諦めていたヒナ姫にとって、余りにも偶然の再会であり、驚きと嬉しさと、いまだに信じられない思いが交差している。
「ヒナ、そちらの御方は?」とフウマが訊く。
「ヤマトの皇子、タケル様です。」
「何?・・ヤマトの皇子?」
タケルは、フウマの前に立ち、深く頭を下げる。そして、これまでの経緯を説明した。

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