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1-33 鬼伝説 [アスカケ外伝 第2部]

「ヤマトとの戦というのはやはり嘘であったか。」
タケルの話を一通り聞いたフウマは、天を仰ぐようにして呟いた。
「兄様、私たちとともに参りましょう。タケル様の御力があれば、イカヅチやイソカを倒す事もできます。知多の民は皆兄様の御帰りを待っているに違いありません。」
ヒナは、フウマを説得する。
「いや・・侮れぬ相手だ。・・ヤマトの皇子がいかほどの御力をお持ちかは知らぬが、あいつらを倒すには、大軍が必要。それほどの兵を率いておられるようには見えないが・・。」
「戦をするために参ったのではありません。戦では何も生まれません。此度の混乱の張本人さえ取り除けば良いのです。」
タケルはフウマに言う。
「それはそうだが・・・それこそ、最も難しい事。何か策でも?」
とフウマが尋ねる。
「いえ・・今はまだ・・。」
タケルが答える。皆、黙り込んでしまった。洞穴の中に静寂が訪れる。
入口辺りで、音が聞こえた。皆、息を潜める。イカヅチの追手が来たのではないか。じっと入口に目を凝らす。がさがさと音が洞穴の中に響き、徐々に近づいてくる。
「タケル様、いらっしゃいますか?」
洞穴に聞き覚えのある声が響く。サトルだった。
「サトル殿か?こちらだ。」
タケルは松明を掲げる。暗闇の中、サトルは松明の灯りを目当てに走り込んできた。
「良く、ここを見つけたな。」
と、フウマが言うと、サトルが笑顔を浮かべて答える。
「皆さまの話声が聞こえました。私の耳は誰よりも遠くの音を聞くことができるのです。」
サトルは、タケルの前に傅いて、言う。
「イソカの軍が動きました。明後日には渥美へ向け進軍するようです。」
サトルはそう切り出して、サスケの策を話した。タケルは、腕を組み考えている。野間に向かい、どうやって進軍を止めるか。野間の民が協力してくれたとしても、戦となるのは確実。多くの怪我人が出るに違いない。しかし、やり過ごせば、サスケ達が自らの命と引き換えに、船に火を放つことになる。
横で話を聞いていた、フウマが口を開いた。
「私に策があります。明朝、出掛けましょう。」
確信のある口調だった。タケルたちは詳しくは訊かず、その日は、洞穴で過ごした。
明朝、陽が上るとすぐに、洞穴を出る支度を始めた。タケルは、ヤスキの体を心配しているようだった。
「タケル様、御心配は無用です。自分でも不思議なほど、身が軽く、何か体の中から力が湧いてくるようなのです。」
ヤスキはそう言うと、洞穴の外に出て陽を浴びた。ヤスキの言う通り、以前よりも一回りほど体が大きくなっているように見える。背中の傷跡は全くなくなっていた。ヤスキは、皆の前で弓を引いて見せた。もともと力自慢だったヤスキの弓は、普通の弓より太く強く作られていた。それを、軽々と引き矢を飛ばす。放たれた矢ははるか高く飛び、梢の太い枝を刎ねてさらに高く舞い上がって行った。
「おそらく、タケル様のあの御力をこの身に受けたおかげでしょう。」
ヤスキは笑顔を見せる。それをみて、タケルも安心した。
「さあ、出かけましょう。」
フウマが先導して、狭い沢を昇っていく。そして、一つ山を越えると、海が見えた。
「兄様、その先は・・確か、鬼崎ではありませんか?」
ヒナが不安げに訊いた。
「ああ、これから、鬼崎に行くのだ。大丈夫だ。私を信じてくれ。」
フウマはそう言うと、ずんずんと進んでいく。あとを追いながら、ヤスキはヒナに訊く。
「鬼崎とは、どのようなところなのだ?」
「・・鬼が住む場所と言われております。漁に出た者も、何度か、鬼の姿を見ております。全身真っ赤で、とても人とは違う・・恐ろしき者です。」
ヒナは、硬い表情で答える。
「私も、郷の中で聞きました。・・人を喰らう者と言われ、近寄らぬ方が良いとも・。」
しばらく行くと、断崖に出た。そぐ目の前には海が見え、岩礁があちこちに見える。
フウマは、そこから下を覗き、指笛を三度鳴らした。何か下の方で音がする。
「さあ、参りましょう。」
フウマは、崖の隙間にできた割れ目を器用に使い、下へ降りて行く。中ほどに来ると、少し広くなった場所があった。フウマはさらに指笛を鳴らす。すると、下から高梯子が上がってきた。フウマは、ひょいと跨ぐと下へ降りて行く。
次にタケルが続き、ヒナ、サトル、ヤスキが順に降りて行った。
下に着くと、鬼が並んで待っている。全身が赤く、長く伸びた髪を二つに束ね、頭には貝で作った飾り物を着けている。
ヒナは怖さでその場に座り込んでしまった。ヤスキがそっと支える。
「お帰りなさいませ。」
鬼の一人が、フウマに頭を下げる。声は人間である。タケルはじっと、その鬼たちを見つめ、小さく頷いた。
「大丈夫です。鬼なのではありません。」
タケルはそう言って、フウマを見た。フウマはニヤリとして、ヒナを見る。
「ヒナよ。良く、顔を見てやってください。さあ。」
ヒナは、恐るおそる顔を上げると、鬼の一人をじっと見つめた。
「えっ・・もしかして・・・カツヒコ?」
「はい、ヒナ姫様。お久しぶりでございます。」
鬼はヒナ姫の前に傅き、挨拶した。ヒナは他の鬼も見る。いずれも、昔、館に居た者達だった。

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