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1-34 決戦前 [アスカケ外伝 第2部]

「ここにいる者は皆、館に仕えていた者なのです。イカヅチの策に嵌り、私とともに館を逃れたものの、いずれの郷へ身を寄せたとしても、災いが及ぶと考え、この地に留まっておりました。この地には、鬼伝説は以前からありましたゆえ、自ら鬼となり、郷の者を近づけぬようにしておりました。あの洞穴も、我らのねぐら。」
フウマは、経緯を説明する。
「いずれ、イカヅチやイソカを討つため、ここで時を待っておられたのですね。」
タケルが言う。タケルは、断崖の奥まったところに着いている、二隻の船を見つけていた。そして、その船は小ぶりながら、船体には銅張が施され、矢を放つための小窓も作られていた。何より、少人数で動くにはちょうど良いものだった。昔、アスカケの話に出てきた、「赤い龍」「青い龍」の船の事を、ヤスキも思い出していた。そして、船を見る限り、ここにいる者達だけでできるような代物ではなく、フウマ達を支援する者が数多くいる事も、タケルは確信していた。
「さすが、ヤマトの皇子タケル様にはお見通しのようですね。」
と、フウマが答える。それを聞いて、カツヒコの他の「鬼たち」がどよめいた。
「ヤマトの皇子・・本当ですか?」
カツヒコが驚いた声で訊く。
「はい。ヤマトからこの戦を収めるよう、皇様の命を受け参りました。ヤマトは他国を侵略するなど考えておりません。」
「やはり、そうですか・・・。イソカやイカヅチは、ヤマトが攻め入ると言って、戦支度をしておりましたが、信用ならぬと思っておりました。昔、美濃の者から、ヤマトは何より民の暮らしを考え、安寧を求めていると聞いておりました。やはり、そうですか。」
カツヒコが納得したように答えた。
「明日にも、イソカの水軍が野間に来ます。おそらく、その後、渥美へ向かうはず。その前に、我らで行く手を阻むのです。」
フウマが皆に告げる。
「では、いよいよ、なのですね。」とカツヒコ。
それから、すぐに、支度が始まった。
「イソカの水軍は必ず、この先の水路を通ります。この辺りは、岩礁地帯で、前に見える小さな島の他にも、数多くの岩礁があります。大船で通るにはかなり気を遣います。外を回ることも考えられますが、潮の具合によっては戻されるほどの流れがあります。この水路なら、流れも穏やかで野間に向かうにはかなり近道になるからです。」
フウマは、皆が支度を始めたのを見て、タケルとヤスキを崖の先に案内して、目の前に広がる海原を見ながら説明する。
「我らの船は小さい。まともにぶつかっては勝てません。あの岩礁にも人を隠し、奇襲をかけるほかありません。それと、火矢を使います。運よく火が船に移れば勝機も見えます。」
フウマは、長い時間をかけて策を練ってきたのだろう。すでに彼の頭の中には、戦いの様子が浮かんでいるようだった。タケルたちは、難波津で弁韓の水軍と闘ったことをもい出していた。皆が力を合わせ、知恵を出し合い、多くの命が失われぬよう、慎重に戦いを進めた。そして、最小限の戦いで勝利を得た。タケルは、フウマの話を聞きながらも、大きな犠牲が出ぬことを祈るばかりだった。
一方、サトルは、一足先に野間の郷へ向かった。
シノが野間の長への取次の手はずを整えているはずだった。時がない、サトルは山道を掛け、郷の入り口に辿り着いた。そこには、シノが待っていた。
「サトル様!」
「シノ殿!」
「・・さあ、参りましょう。」
シノは、郷に入るとまっすぐに長の館にサトルを案内した。長の館では、近くの郷の長達も集まっていた。
「ヤマトの皇子が参られているというのは本当か?」
館に入るなり、長達に取り囲まれ、皆から問われた。
「今、フウマ様ともに居られます。」
「フウマ様と闘われるという事だな。」
長達はそれを聞きすぐに動き出す。
「我らは、憎きイカヅチやイソカを倒す時のため、フウマ様をお支えして参ったのだ。おそらく、今頃、鬼崎の海で支度をされているはずじゃ。」
「すぐに皆を集めよ!」
長が号令すると、郷じゅうに響くよう、銅鑼が鳴らされた。暫くすると、甲冑に身を固めた大勢の男たちが港に集まり、小舟に乗って漕ぎ出していく。
他の郷の長も急ぎ郷へ戻って行く。
「このまま、戦いが始まれば、多大な犠牲が出ます。」
サトルは、タケルの想いを汲み、長に進言する。
すると、野間の長は笑顔で答える。
「これは、我ら、知多の者の使命。この先、安寧な暮らしを手に入れるため、悪しき者は追い払わねばならぬ。ようやく、その時が来たのです。鬼崎には、我らだけでなく、師崎や冨具崎、美浜辺りからも、兵が集まるはずです。ヤマトの方々には、我らの覚悟をしっかり見届けていただきたい。」
もはや、戦いは止めようがない事をサトルも理解した。
「サトル様、さあ、私たちも参りましょう。」
シノがサトルに言う。サトルもやむなく、小舟に乗り、兵たちの後を追う。
「シノ様、この先、危ういことになりましょう。どこかで船を降りられた方が良いのではないですか?」
サトルが気遣い、そう切り出す。
「いえ、私は、幼き頃からフウマ様の御傍におりました。兄のように慕っております。その御方の戦う御姿をこの目で見たい。船は降りません。」
シノの視線の先は、じっと、鬼崎の方を見つめている。

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