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4-19 御子誕生 [アスカケ外伝 第3部]

タケルたちが福部についてから、まもなく、ミヤ姫は産気づいた。サガ、トモ、カズの三人は、福部の女達に声をかけ、出産の準備に入る。皇アスカも、女たちとともに、産室に入った。
タケルと摂政カケルは、館の別室で待つことになった。タケルは、ミヤ姫が気がかりで落ち着かず、部屋の中をうろうろとしている。それを見かねて、父カケルがタケルを外廊下に誘い、椅子に座らせた。
「落ち着くのです。ミヤは強い女性です。アスカも傍に居る、大丈夫です。」
父カケルはそう言って、タケルを落ち着かせた。
男二人、海を眺めながら、その時を待っている。
「お前が生まれた時は、大和争乱の戦の最中でした。」
摂政カケルがぼそりと呟く。タケルは、父の話に耳を傾けた。
「アスカは、難波津でお前を産みました。大戦の最中、大和の地では、あちこちで戦が起きていて、いつ命を落としてもおかしくはない状況でした。アスカも、きっとさぞかし心細かったに違いありません。それでも、私は大和の争乱を収めるため、命を賭けて走り回りました。アスカもそれは判ってくれていたはずです。」
「母の事は心配ではなかったのですか?」
「心配はしておりました。戦の最中でも、難波津から幾度も遣いが参り、様子を知らせてくれました。難波津には多くの方々が居られて、アスカを守って下さっていたのです。ミヤ姫にも、この福部の地の皆様がお守りくださったはずです。」
父カケルはそう言うと、傍に置いてあった水甕から水を掬い、一口飲んだ。
「ミヤ姫も此度の事は理解してくれていたはずです。」
父カケルは、器に水を汲み、タケルに手渡しながら言った。
タケルはその器を受け取ると、一息に飲み干してから、言った。
「そうでしょうか?やはり、傍に居て欲しいと願っていたはずです。」
「ええ、きっとそうでしょう。しかし、それ以上に、お前の仕事の大切さを理解していたのでしょう。・・そう、お前が生まれた後、アスカが話してくれたことがあります。」
父カケルは話を続けた。
「戦で命を落としたり、傷ついたりするのは兵だけではない。その多くは弱き民であると。・・子どもや老人、そして身重な女達は、ひとたび戦が起きれば、逃げ惑う事になる。安全な場所にいたとしても、頼りになる男達はいつ命を落とすか判らず、不安な日々を過ごすことになる。だから、戦は起こしてはならぬもの。例え起きたとしても、一刻も早く収めなければならぬ。・・アスカは、お前を身籠っている間中、ひたすらその事を祈っていたと話していました。」
「母が、そんなことを・・。」
「皇だから祈ったわけではない。ひとりの人、ひとりの母として、お腹の子どもとともに、毎日毎日、戦の無い世を願ったと話してくれました。だから、お前の奥底には戦を嫌い、安寧を求める強い心があるはずだとも話してくれました。」
タケルは、父カケルの話を聞きながら、ミヤ姫の姿と重ねていた。
「お前は、東国の戦も、そして、この出雲の争乱も、少しでも早く収めようと尽力した。大きな戦にならぬよう、働いたのでしょう。その事は、ミヤ姫が一番理解しているはずです。」
タケルは、父の言葉を聞き、ぽろぽろと大粒の涙を溢した。
「もちろん、アスカも私も、お前の活躍を信じておりました。本当に、よく頑張りましたね。」
父カケルは、タケルの肩に手を置き労った。
産室がにわかに騒がしくなった。そして、大きな産声が館中に響いた。
続いて、カズがタケルと父カケルが居る部屋に駆け込んできた。
「おめでとうございます。美しき雛様、お誕生でございます!」
カズは、涙を流しながら叫ぶ様に言った。
「おお・・そうか!でかした!」
先に反応したのは、父カケルだった。
「タケル様!女の御子様でございます!御父上になられたのですよ」
カズが、念を押すように言うが、タケルはぼんやりとして実感が湧かなかった。
「まもなく、御対面いただけましょう。今、暫くお待ちください。」
カズは、そういうと再び産室に戻って行った。
「女子とは・・良き姫となるであろうな・・。」
父カケルが安堵したように言った。まだ、タケルは言葉が出て来ない。自分でも不思議なのだが、現実のものとは思えない気持ちだった。
しばらくして、再びカズが二人の許へやってきて、二人を産室に案内した。
タケルが部屋に入ると、周囲に居た侍女たちの方が疲れて蹲ったり座り込んだりしている。その真ん中で疲れ切った様子のミヤ姫が床に横になっていたが、とても晴れがましい笑顔を見せている。
タケルはそっと傍により、ミヤ姫の手を握る。
「ご苦労でした・・大事ないか?・・ありがとう・・」
タケルは、そう声をかけることが精いっぱいだった。汗まみれになった顔を見ると、お産が如何に大変だったのかが判り、それは決して男には判らないものだという事もわかった。
「さあ・・。」
そう言って、アスカが赤子を抱いて、タケルの傍に来た。白い布に包まれた赤子は、その名の通り、真っ赤な顔で泣いている。
アスカがゆっくりとタケルの腕に赤子を渡す。タケルはどうやって抱えたらよいのか戸惑いながら静かに腕の中へ抱える。まじまじと見ると、どこか、母アスカの顔立ちに似ているような気がした。小さな体、自分の親指よりも小さい手、時折、ぴくんと動く。今、腕の中にあるのは紛れもない命である。誰しもようやって、はかない命をもって生まれてくる。それは、善人も悪人も等しく、同じであるはず。これまで、タケルも、戦の中で、命を奪った者達も、うまれた時はきっとこのようにはかなく美しかったに違いない。王であろうと、兵であろうと、生きとし生ける者は同じであるべきなのだ。改めて、戦の無意味さを痛感し、この先、同じ禍が起きぬよう力を尽くさねばならないと誓った。
そして、ゆっくりと、ミヤ姫の隣に下ろした。ミヤ姫が、そっと手を伸ばすと、赤子がその指先を掴む。勿論反射的にそうしたに違いないが、それは、まさに命を得た事への感謝と、この先、生きていこうとする意志の様なものを感じた。
もう、言葉は出なかった。
今はただ、目の前の儚い命の営みにそっと寄り添う事だけで至福の時を得た喜びに包まれていた。

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